2話 鬼の子達

01.雪華の掟


 どこをどう歩いたのかは分からない。一面の銀世界で方向も何も無いからだが、気付けば銀世界のど真ん中に人工物のようなものが見え始めていた。人工的に作られた、門――つまりは何かの入り口が。

 寒さに耐えかねてほとんど無言になっていた梔子はそこでようやく一縷の希望を見出した。危うく死ぬところだったと思う。

「ここは……」

 かっすかすの声で訊ねるとシキザキが短く応じた。

「雪華の集落だ。空き家で休憩する」
「良いんですか、私、ただの人間ですけど。鬼人の集落なんですよね?」
「構うか。ここでは強さが全て。文句を付けて来る奴は黙らせればいい」

 ヴァイオレンスな世界観だな、と心中でそう思ったが口にする元気は無かった。この集落にお住まいの鬼人達には悪いがこちらも凍死寸前なのだ。

「口数が減ったな、小娘」
「寒くて……」
「ふん」

 門が近付いて来て分かった事がある。門番のような者達が立っているのだ。左右の門を護る為だろう、2人。更に近付けばシキザキのように角が生えている事に気付いた。

「おい、しっかり歩け。着いたぞ」
「しっかり、歩いてますって……」

 門の前まで来ると案の定、門番の彼等が物申してきた。険しい顔をしているが、雰囲気的にシキザキより若いような気がする。見た目はそう差して変わらないが。

「止まれ! 何だ貴様等! そちらの鬼人はともかく、何故ヒューマンなぞ連れている!!」
「何故、貴様等如きに説明する必要がある。退け」
「なんたる不貞不貞しい態度!!」

 全く以て門番達の言う通りである。が、それでもシキザキは高圧的な態度を崩さなかった。

「退かぬと言うのであれば、雪華の理に則って実力行使とするが、それで構わないのか?」
「お、脅しには屈しない……!!」
「ほう、それでこそ雪華よ」

 ――あれ? 何だか仲間内で暴力沙汰が起きそうな気配……。
 果たしてその予想は大当たりだった。躊躇いなく、凶暴な笑みを浮かべたシキザキが刀の柄に手を掛ける。一方で門番2人もまた、手に持っていた槍のような武器を構えた。まさかとは思うが、目の前で殺し合いでも始まろうとしているのだろうか。
 目眩のするような野蛮さに、思わず数歩後退る。この空気、巻き込まれてもおかしくないし、寒さで身体が思うように動かない。悴んだ指先では画集を持つ事さえ困難だ。

 怯えている門番は、それでも侵入者に対し責務を全うすべく声を荒げた。彼等の健気な抵抗は見ていて可哀相になってくるが。

「ここは鬼人の修行地、雪華! 通りたければ我々を倒してから通るといい!!」
「それが掟だ!」

 威勢良く言った門番。意味が分からないが、どうやら殴って言う事を聞かせる、というスタンスはシキザキの思想そのままのようだ。こんな事ばかりしているから、彼等は結構凶暴に育つのではないだろうか。

「鬼さん、大丈夫なの?」
「何がだ、あのような若造、軽く捻ってやる」

 そう言ったシキザキが先に動く。まだ刀は抜き放たれていない。これが居合いという奴だろうか。
 唐突に仕掛けて来たシキザキに対し、門番達は顔を引き攣らせている。何だろう、このいまいち強く無さそうな見た目。鬼人のモデルがシキザキでしかないから、通常の鬼人というのがあまり強い生物に見えない。

 案の定、全く見えなかったが音に聞く居合いというものを完璧なフォームで繰り出したシキザキによって、門番の槍が半ばからボッキリと真っ二つになる。柄は木製だった為、彼の持つ鋼を受け止められなかったものと思われるが、真相の程は不明だ。
 そのまま返す刀で下段から上段へと滑らかに刃を振るう。僅かに鮮血を滴らせ、片方の門番が雪の中に伏した。これ殺人事件なのでは?

「ひぃ……!? 何でこんな鬼人が雪華に……!?」
「質も何もかも落ちる所まで落ちたものだ。反吐が出るな」

 吐き捨てるようにそう言う。瞬間、震えながらも真っ直ぐに槍を突き出してきた門番の一撃を右足軸にし半回転して回避。そのままがら空きだった門番を袈裟懸けに斬り捨てる。
 最早通り魔。相手が武器を持っている事さえ忘れる手際の良さは、思わず口を開けて間抜け面を晒してしまうくらいには鮮やかだった。
 軽く刀の血払いを済ませたシキザキは得物を納め、鼻を鳴らす。どう考えたって、先程の神魔の眷属の方が強かった。この集落大丈夫か? 襲撃されたら一溜まりも無さそうだが。
 いや、そもそも――

「……えっ。これどうするんですか、鬼さん。勝手に中に入るんですか? 門番達、伸しちゃったみたいですけど」
「何を馬鹿な。叩き起こして泊まれる建物を用意させる」
「そんな馬鹿な」

 鬼畜とも言える所業だが、シキザキは本気だ。証拠に今し方自分で斬り捨てた門番の顔に雪を掛けて叩き起こそうとしている。苦言を呈したかったが、このままでは凍死しそうな梔子は黙って口を噤んだ。