1話 永久凍土・雪華

10.妨害


 ホッと一安心すると、不意に忘れていた感覚が蘇る。思わぬ乱入者ですっかり忘れていたが、今はどこか暖をとれる場所へ移動しようとしていたはずだ。

 ぞわり、と思い出す寒さ。肺や手足、果てには心臓まで凍ってしまいそうな息の止まる冷たさに口を噤んだ。寒い寒い寒い、このままここに居てはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。

 そんな梔子を置き去りに、尖兵達を文字通り殲滅したシキザキが少しばかり乱れた呼吸を整えながら納刀し、こちらへ歩み寄って来る。

「なかなかに手こずったな。魔法が弱点とは面倒な」
「……」
「1対1ならば大した事は無い」
「…………」

 ――それってもっと大勢でかかって来られたらマズいのでは?
 思いはしたが、口を開く事は出来なかった。思考は止まりながらも働いているが、憎まれ口までは回らなかったのだ。下手に口を開いて言葉を発そうものならば、そこから冷気が体内に流れ込み息が止まってしまいかねない。

 小娘の返事が無い事を疑問に思ったのか、はたまた不敬と思ったのか。眉根を寄せた鬼人はこちらを覗き込み、そして絶句した。

「死体のような顔色だな、小娘。そのまましておけば本当に死ぬぞ。尖兵がどうのと言っている場合でないのは貴様の方らしい」

 ――ご尤もです。
 肯定の意を込めてゆっくりと頷く。関節から凍り付いているかのように、全身がバキバキだ。

「ヒューマンなぞやはり軟弱で貧弱だな。貸す。汚すなよ」
「え、あ、どうも……」

 シキザキが羽織っていた分厚いコートを貸してくれた。サイズは彼のものなのでかなりぶかぶかになってしまうが、1枚層が増えた事により暖かさが増す。また、鬼人と呼ばれる彼は体温が高いらしい。コートに残っている暖かさが人のそれではない。
 悪いなとは思ったが死にたくはなかったので、有り難くコートの暖かさを堪能する。凍えて死ぬなんて笑えない。

「行くぞ、突っ立っていればすぐに冷える」
「はーい」

 サクサクと僅かな足音を立てながら雪の中を突き進む。相変わらず肺は凍りそうだし、手足の感覚は無いが、借りたコートにより体内の中心部のような場所はほんの少しだけ暖かさを取り戻していた。
 寒さを誤魔化す為に、白い息を吐き出しながらシキザキに訊ねる。

「ね、鬼さん。さっきの強かったでしょ? 少し前に、1対1なら問題無いって言ってましたけど大勢で来られたら勝算無いですよね」
「そんな事は関係無い。奴等について説明しろ」
「ええ、了解です」

 ゴワゴワのコートを着ていると画集を取り出すのも一苦労だ。ようやっとそれを取り出し、シキザキへの講習を始める。強かったという事実そのものは否定してこなかった。多少なりとも身の危険を感じているのかもしれない。

 こちらの説明を聞き終えたシキザキがポツリと言葉を溢す。

「喚び出されれば終わり、か」
「そうですね。私達なんて一瞬で存在ごと破壊されてしまいますね」
「……あの司令塔共にも伝えろ。というか、ルグレはもっと詳しく知っているのではないか?」
「それもそうですね、繋いでみます」

 無線機のような機械をガチャガチャと弄くる。しかし、一行にルグレ達に繋がらない。首を傾げた梔子は仕方なしに成果を鬼人へ伝えた。

「何だか繋がらないんですけど」
「妨害されているようだな」

 ***

 一方で司令塔として一カ所に固定されているオクルスとルグレもまた、案内役のドールによって拠点までやって来ていた。

「へぇ、凍土の中にこんなシステムチックな部屋があるとはね。どっからエネルギー供給してんだ、これ」
「暖かくて良いですね。人の皮と言うのは、どうしても暑さや寒さに弱くてかないません」

 思い思いの会話をする2人。ドールは口を開かない。そういう立ち位置なのだろう。

「ルグレ、私達も仕事しないとマズいんじゃないの?」
「今、不審な魔力の流れを辿っていますのでお待ち下さい。というか、無線を繋いでて貰って良いですか。大方の目安は付いているので」
「これ? これどうやって使うんだったっけな……」
「真ん中以外に付いている左右のボタン、どちらかを押せばウエンディさんか梔子さんの無線に繋がります」
「何だ、簡単じゃん」

 言いながらオクルスはボタンの一つを押し込む。これで繋がったはずだ、と耳に音が出る部分を押し当てた。そして首を傾げる。
 何故だかザザッというノイズのみが聞こえて来たからだ。更にもう一つのボタンを押すも、全く同じ現象。

「何か繋がらないんだけど、ルグレ」
「へえ、妨害でも受けているんでしょうかね」
「危険な目とかに遭ってるんじゃないの? どうするよ」
「ノーマン殿に連絡して下さい」
「はいはいっと」