1話 永久凍土・雪華

09.弱点と相性


 そんな梔子の心配をよそに、シキザキはギラギラと輝く好戦的な笑みを湛えた双眸で尖兵達を見つめている。戦闘が好きだと言っていたので、純粋に強いかもしれない敵と戦うのが楽しみなのだろう。
 それを横目にしつつ、ゆっくりと後退って目に見える範囲にいる眷属から少しずつ距離を取る。もし、万が一、鬼人を通り越して自分に襲いかかって来た時。魔法が主体の自分と尖兵達の距離が近すぎるのは大変危険だ。

 改めて、何を考えているのか鋼の四足歩行を誇る尖兵達をまじまじと観察する。やはり、設定画集にある見た目そのままの存在だ。彼等は酷く機械的でその場における尤も効率的な戦闘行為をするように設定されている。
 これでは――如何に戦闘大好き、戦闘狂のシキザキでも手を焼くどころか返り討ちにされてしまうかもしれない。

「鬼さん」
「……何だ」

 尖兵達を凝視していたシキザキに声を掛けると、視線を外さないまま返事が貰えた。それを良い事に、梔子は言葉を続ける。

「もし――もし、本当に身の危険を感じた時は、私の事は置いて逃げたって構いませんよ」
「止めろ気味の悪い。いつもの楽観視はどうした」
「ちょっと洒落にならない状態だって分かって欲しいんですよ、私としては。とにかく、伝えましたからね。ここが駄目なら、鬼さんは私が渡した情報を持って皆さんと合流してください」

 返事は無かった。が、きっと言葉の意味合いは伝わっただろう。
 何事も、どうしようもないものがある。そんな時にどうするか。より多くの仲間を救う事が何よりも優先されるべき事項だ。
 最悪、置いて逃げられる覚悟は決めた。腹を括ったと言ってもいい。この世界の彼等が、現代日本人より遙かに逞しく、強い存在である事が自分というちっぽけな存在を忘れさせていた。それに肖って調子に乗っていた罰に違いない。

 ――何があっても、せめて私は逃げ出さないでここにいよう。鬼さんがここで戦闘している限りは。
 密かに心に決め、顔を上げる。睨み合っている鬼人と尖兵達の間にはただならない空気のみが漂っていて、互いに攻め倦ねていると言うか互いを観察している状態。硬直状態だ。

 先に動いたのはシキザキの方だった。こうしていても埒があかないと思ったのか、手に持った刀を構え直し、手近にいた一体へ襲いかかる。そんな刃物一つであの鋼の塊である化け物に通用するとは到底思えない。
 案の定、シキザキが振るった刀を、アイスピックに見える腕がカキンと小気味よい音を立てて受け止めた。あまりにも軽い音だ。

 小手調べ程度だったのか、シキザキの顔色に変化はない。が、同時に刃物では相性が悪い事も悟ったようだった。

「小娘! こいつらの弱点は何だ?」
「魔法です」

 より性格に言うのであれば魔術となるが、この世界には魔法が存在しているのでその認識で正しいだろう。あれ、もしかしてこれ観戦している場合ではないのでは? どう見たって鬼さんは魔法向きではない。
 考えが及ばなかったが、戦闘を彼に丸投げしている訳にはいかない事に今この瞬間気付いた。助けないと。

「すいません。私が間違ってました、加勢します」
「要らん引っ込んでろ」
「鬼さん私の話聞いてました!? 魔法が弱点なんですって、脳筋の鬼さんには厳しいんじゃない!?」
「誰が脳筋だ、貴様見た目だけで他人を判断する性質だな、さては」

 ――まさか……全く想像出来ないが、扱えると言うのか。この鋼の塊をどうこう出来る程の魔法を……!! いややっぱり全然想像出来ない無理そう!!

 同じ台詞をオーレリアやウエンディが言ったのならば、大人しく引っ込んでおいただろう。だが、あの鬼さんがインテリっぽいイメージのある魔法を自由自在に使いこなしている姿が――大変失礼な事だが――想像できない。イメージ不可。よって彼の言葉が欠片も安心材料にならない。

 慌てて梔子は設定画集の魔法ページを開く。ぼさっと突っ立っている場合ではなかった。攻撃魔法、攻撃が出来る魔法はどこだ。
 慌ただしく動いている事を察したのか、動き回っているシキザキの声がやや遠くから聞こえた。

「貴様、聞いていなかったのか!? 引っ込んでろと言っている!! 魔法くらい、俺でも使えるわ!!」
「絶対嘘じゃん……。どう見たって魔法使い系じゃないじゃん、鬼さん……」
「何故! 今ここで嘘なぞ吐く必要がある!! それもこんな小娘如きに!」

 ――見つけた! これとか使えそう!
 どうにか適当なページから使えそうな魔法を探し出し、どうやって使うか思案するべく顔を上げた。顔を上げて、目を見開いた。

「え!? ……えっ」

 目が痛くなるような渦巻く炎の熱が頬を撫でる。降り積もる雪をも溶かすそれは、シキザキが持っている術式から放たれていた。冷え切っていた頬や鼻の頭が、思い出したかのように体温を取り戻し始める。
 離れているのにこの熱気。近くにいれば丸焦げになっていたかもしれない。シキザキと対峙している尖兵達の動きがギギギ、と油を差し忘れた機械人形のように鈍くなるのが分かる。

 べちゃべちゃと雪を溶かし崩していく炎の中心で、シキザキが獰猛な笑みを浮かべるのが見えた。瞬間、彼の周囲に出現していたそれが意思を持ったかのように尖兵達へと襲いかかる。
 眩しい光に梔子は堪らず目を閉じた。喉を焼くような熱さと、凍土の凍える寒さが同時に身に降りかかってくる――

「フン、口ほどにも無い」
「え、えー……。何だか裏切られた気分」

 目を開けると、強烈な火力に魔力回路ごと焼き切られた尖兵達の姿があった。拍子抜けするくらいあっさりと弱点を突いてくれたらしい。