1話 永久凍土・雪華

08.今回のお相手


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 シルザエルと別れてから1時間程が経過した。特に収穫は無いが、変わってきた事がある。

「……何だか、手足の感覚が無くなってきたんだけど……」

 呟きに前を歩いていた鬼さんことシキザキがピタリと足を止めた。面倒臭そうな顔でこちらを向く。そうして、恐ろしい形相を更に恐ろしくした。眉間に寄った皺は渓谷のような深さだ。

「――……顔色が悪いな」
「ほんとに?」
「チッ、行きたくは無いが一旦集落に寄るか」
「集落?」
「雪華の集落だ。貴様等ヒューマンは本当に脆弱だな」

 分かり辛いが、どうやら休憩を提案してくれているらしい。寒すぎる環境にあまりいた記憶が無いので危機感が薄いが、確かに現状はあまり身体に良く無さそうだ。助かる。

 ちなみに現在の天気はやや荒れ模様だ。吹雪という程ではないにしろ、そこそこ降る雪が淡い風に散らされて剥き出しの頬や額にボタ雪のようなものがたまに張り付く。寒すぎる事以外には恐ろしい事も起こっていないせいで、本当に神魔騒動が巻き起こっているのかそろそろ怪しく感じる程だ。
 ――と、不意にシキザキが足を止める。物思いに耽っていた梔子もまた、遅れてその足を止めた。行き先が分からないので、険しい顔をしている鬼人の容を見上げた。

「どうしましたか、鬼さん」
「何かに見られているな。さあ、何が出て来るか……」
「何かって――」

 どんなものですか、と我ながらネジ1本抜けた問いを危うくしてしまう、その瞬間だった。滑らかな動作で腰の刀を引き抜き、振り抜いたシキザキが気付けば得物に付いた血糊を振り払っている。
 一連の流れがあまりにも自然すぎて反応が遅れた。彼が生物を斬り捨てたのは明白で、それがなんであったのか、自分には分からない。斬り伏せられた何かがどこへ飛んで行ってしまったのかもよく見えなかったからだ。

 急な暴力に目を剥いていると、シキザキが鋭い爪の付いた指で一点を指さす。

「おい、これはどれかの眷属ではないのか」
「鬼さんの急な暴挙に心臓が暴れているので、ちょっと待って貰って良いですか」
「早くしろ」

 現代人には刺激が強すぎる光景を前に、鬼人があっけらかんと命令してくる。彼に人の心は無いのか。

 だが、軽口のつもりで紡ごうとした悪態は終ぞ言の葉になる事は無かった。
 こちらを見ていたらしいそれらがぬっと雪の間を縫うのように静かに目の前に現れたからだ。

「え……、エッ!?」

 それを視界に入れた瞬間、梔子は目を剥く。『それ』は出来れば現実のものとして目の前には居て欲しくない眷属だったからだ。
 取り乱す自分を見てか、シキザキの怪訝そうな顔がよりいっそう濃いものとなる。

「おい、何だ急に」
「これは……今回が命日になる可能性が……」

 黒金に輝くボディ。戦闘をする為だけに生み出されたであろう、鋼の身体を惜しみなく晒したそれらは酷く機械的だ。右手があるはずの部分には現代で言うチェーンソーを思わせる回転刃が。左手があるはずの部分にはアイスピックを非常に巨大にしたような体の鋭いハリが。更に胴体の中心には身体を護るように、鎧にも似た装備が施されている。
 木々の伐採か、氷をかち割る以外の使用法が見つからないそれは当然ながらそんな平和的な装備ではない。生物の肉体を完膚なきまでに破壊する為の装備だ。

「聞いているのか? 此奴等は何だと訊いている」

 苛立ったシキザキの声で現実へ引き戻された。震える声で、認めたく無い現実を口にする。今すぐにでも逃げ出してしまいたい気持ちだ。

「これは、眷属『破壊者の尖兵』です。見ての通り戦闘しか出来ない眷属だけれど、それ以外の機能全てを戦闘に振ったみたいな存在で……。今まで戦って来た自我を持たない眷属の中では一番物理的な意味合いで強いと思います」
「フン、臨むところだ」
「そして、彼等の親玉、『カタストロフィ』は混沌側かなり序列上位の大捕物ですね。まあ、召喚されたら私達は冗談抜きで終わりかと」

 こちらをチラ、と見たシキザキはつまらなさそうな声を発した。

「らしくもなく弱気ではないか。いつもの脳天気さはどうした。所詮はヒューマン風情だな」
「……まあ、眷属が1、2、3体なら鬼さんも勝てるかもしれませんね。戦ってみたら分かりますよ、今回はさっさと逃げ出した方が良いかもしれないって」