07.部下の悲報
ところで、と話題を転換するシルザエルのトーンが変わる。如何にも真剣な話を始めます、と言わんばかりの声音だ。梔子は背筋を密やかに伸ばして続く言葉を待った。
「世間話はこれくらいにしましょう。貴方達は、神魔の眷属を見掛けませんでしたか?」
「何故そんな事を聞く」
「あまり警戒しないで頂きたいのですが……。我々の見解によると、眷属と神魔は密接な関係にあります。眷属は主である神魔の傾向に近い力を持つ。であれば、本体と出会すより先に眷属の観察を行った方がいくらか建設的でしょう」
――シルザエルさんの言い分に不審な点は無い。
咄嗟にそう判断したが、同時にあまりにも鮮やかな切り返しに一種の不安を覚える。当然黙秘するであろうシキザキの口を割らせる為に、前もって模範解答を用意していたような滑らかさだったからだ。
こういった手合いは後から面倒事を持ち出してきたり、そもそも根底が覆るような事実を所有していたりと野放しにしていて良い事になった試しが無い。学生時代からそうだ。沈黙は金、雄弁は銀。お喋りのし過ぎは信用を損なう。
シキザキが余計な事を答える前に、曖昧な――まるで何も分かっていない小娘のような――笑みを貼り付けた梔子は、瞬時にシルザエルの言葉に対応した。
「私達もついさっき来たばかりで、よく分からないんですよね」
「そうでしたか……。残念です。ところで、ヒューマンのお嬢さん」
「私は梔子です、シルザエルさん」
「失礼。梔子さんは、何故凍土に? ヒューマンには辛い土地でしょうに、大変な事ですね」
「いや……それは私に聞かれても。いつの世も上の決定は絶対、ってやつです」
シルザエルの胡散臭さがプライスレスなので適当な言葉を並べ立て、更に何も知らない小娘感に拍車を掛ける。どうも、この世界へ来てからというもの、ヒューマン――つまり人間は軽視される傾向にあるのが不思議だ。
案の定、シルザエルはそうでしたか、と特に疑う事も無く小娘の発言を鵜呑みにした。彼のもっぱらの興味は明らかに何か重要事項を知っているように見える鬼人の彼なのだろう。
「――で? 貴様の方は何か神魔について情報を掴んでいるのか?」
暗に世間話は止めろとそう言ったシキザキの言葉。シルザエルは苦笑する。
「ええ、まあ。既に部下が数名やられておりまして。襲われた一団が全滅しているので、どのような神魔なのかもよく分からないのですよ」
「死体の状態は」
「そうですね、腹を引き裂かれていたり、首と胴が離れ離れになっていたり……。鋭利な刃物のような何かを使うような攻撃法、でしょうか。ああそうだ、バラバラにされていた方もいらっしゃいましたね」
「ほう」
「ただし、喰われたような痕跡はありませんでした。即ち、人間を捕食するような『何か』では無いのでしょう」
そこまで話したシルザエルがふと足を止める。そのまま神妙な面持ちで右耳に軽く手を当てた。何かを聞き取ろうとしているような仕草だ。
釣られてこちらの足も止まる。
「おい、何だ」
痺れを切らしたシキザキが苛々と訊ねた。ややあって、シルザエルが問いに応じる。
「――どうやら、拠点に戻らなければならないようです」
「は?」
「部下が数名死亡したとの報せが入りました。申し訳ありませんが、ここで失礼させて頂きます」
彼はやはり人ではなかった。そう言うが早いか、何らかの魔法を足下に起動。こちらが声を掛ける間もなく文字通り消えていなくなってしまったのだ。
「え、今のは……?」
「移動用の魔法か何かだろうよ。チッ、最後まで胡散臭い奴だったな」
「ああいうタイプ、苦手そうですもんね。シキザキさん。私はある程度誰とでも会わせられますけど」
「ふん、貴様の事などどうでもいい。ルグレ達との連絡はどうなった」
「音沙汰無いですねえ……」