2話 鬼の子達

02.提供された休憩スペース


 程なくして目を覚ました鬼達は見た目通りかなりタフだった。斬られていると言うのに、何事も無く立ち上がり、且つシキザキの多めの注文に文句も言わず従う。負けたら言う事を聞かなきゃいけない、というこの上なく単純明快なルールに従って生きているようだ。
 その辺は異種族である梔子に口を出せる問題では無いので黙っておいた。それに、シキザキの要求は必要なものだ。

 まずは寒さを凌ぐ為の宿。暖かい火鉢。そして一人分で良いから寝具。つまり、梔子自身を休ませる為の要求である。有り難い。

「何をぼんやりしている。行くぞ、小娘」
「はーい」

 あっさりと中へ入る。門番の片割れが一緒に付いてきてくれた。中へ入ってから、難癖を付けられないようにする為と、道案内の為だろう。怪我人を動かし過ぎである。

 門の中に入ってみると、久しぶりに見た茶色の地面が広がっていた。雪かきをし、更に集めた雪を門の外に出しているのだろう。雪が影も形もない。
 道行く人々は皆一様に鋭い角が生えており、つまりは鬼人ばかりが行き交っているのが伺える。たまにこちらを見ては怪訝そうな顔をするが、特に興味は無いのか今の所は存在理由を問われたりはしていない。

 そして驚くべき事だが、自分以外にも人間らしき人物とたまに擦れ違う。彼等彼女等は何者なのだろうか。梔子とは違い、鬼人を連れている訳では無く完全に単独行動だ。

「ねえ、鬼さん。私と同じ人間がいるみたいだけど、あの人達は?」
「あれはヒューマンではなく、ドールだ。同盟を組んでいるからな。自由に雪華へ出入りが出来る」
「あっ、人じゃないのか……」

 失念していたが、この凍土にはドールと呼ばれる存在も暮らしているのだった。彼等はその『同盟』とやらの一旦で雪華に出入りを許可されているのか。通りで誰も何も気にしていないと思った。

「同盟って何をするんですか?」
「ドールからは魔物の討伐依頼を申し込まれたり、逆に我々へはドールが必要としない食糧の提供などをしてくれる」
「マジで同盟っぽいな……」

 などと話をしていると、門番達が指定した宿――のような場所に到着した。外見から判断して、あまり使われていないようだ。壁の色も所々くすんでおり、こんな状況でなければ絶対に近付かないであろう空気を醸し出している。
 それに対し、何か言いたげな顔をしたシキザキだったが、意外にも急に怒り出したり皮肉を投げ付けたりはしなかった。我慢がたまに出来る男、それが彼である。

 疲れた顔をした門番は淡々と指摘を受ける前に色々と説明してくれた。

「ここは客が泊まる為の施設なんだが、まあ、見ての通り使う事はほとんどない。火鉢に関しては今から用意をさせる。少し待って欲しい」
「良いだろう。だが急げ。そもそも俺達は暖を取る為にここまで来た」
「……はい」

 鍵を半ば押しつけるように梔子へと渡した門番は足早にその場から去って行った。一方で、鍵を渡された梔子は手の中に収まる小さな鍵を観察する。鍵の形状としては木製、あまり防犯機能が高く無さそうな鍵だ。何と言うか、レストランなどに置いてある、靴箱用の鍵と言えば分かりやすいだろうか。
 とにかく、木の板に切れ込みが入っていて、この切れ込みの形状で鍵を開け閉めするのだろう。非常に小さいので、切れ込みの部分が脆そうだ。乱暴に扱えば、歯部が折れてしまいかねないので気を付けよう。

「鍵を貸せ」
「鬼さん、壊さないでよね」
「ガタガタ震えて手元も落ち着かない貴様には言われたくないがな。ヒューマンは呆れる程、脆いな」
「いや多分、鬼さん達が異様に頑丈なだけだと思いますよ」

 手が震えているのは確かなので、観念して鍵をシキザキに渡す。彼は慣れた手付きで鍵を開けると、まるで自宅かのような気安さで中へ入って行った。慌てて梔子もまた、その背を追う。

 中は外見以上に使われていない場所感が強かった。必要最低限の家具は置いてあるが、先程の門番が言った通り、火鉢などは無い。絶妙に生活感の無い部屋だ。放置するにあたり、危険がある物は全て撤去されているので使う気が無い事も伝わってくる。
 こんな所で本当に休めるのだろうか。ちっとも寛ぎのスペースではないが。
 しかし、身体を回復させないとまたシキザキからネチネチと文句を言われるのは必至。とにかく睡眠を取り、無理矢理にでも行動出来るよう回復に努める必要がある。何故休むのにこんな努力をしなければならないのかは考えない方向で行こう。