1話 永久凍土・雪華

04.向かう先


 ウエンディ達を見送った後、梔子は臨時相棒となったシキザキを見やる。これからの予定を訊ねなければ。

「この後どうするんですか? どこか適当にぶらつきます?」
「俺達の位置はルグレ達に伝わっている。どこぞで遊んでいれば、すぐにでもバレるだろうよ。それに、貴様がこの寒さの中、長時間耐えられるとは到底思えん」

 仏頂面のシキザキがそう言うと更に足を速めた。明確な目的地があるかのような足取りだ。

「どこに向かっているんですか?」
「ノーマンに指示をされた所定位置」
「そんな指示、私聞いてませんけど」
「貴様如き小娘に話したところで分からんからな。当然だ」

 ――確かに、それはそうかもしれない。
 地図でこの辺に移動して下さい、と指示を出すノーマンの姿が容易に想像できる。そして、ちんぷんかんぷんで首を傾げる自分自身の姿もだ。

「まあ、それもそうですね。というか、雪の上って歩きにくいな……」
「はあ? まさか、雪の降らない土地で育ったのか」
「雪そのものは降りますし、冬は積もってたみたいですよ。私は寒い日の外出を禁止されていたので、外に出る機会はありませんでしたけど」
「チッ……。面倒事に出会す前に歩き慣れしておけよ」

 舌打ちまでされてしまった。
 しかし、ただ歩くのもつまらない。梔子はポケットの中から折りたたみ式の――丸形のガラケーにも似た機器を取り出す。これはルグレ達と離れていても会話出来るように、とノーマンから支給された品の一つである。

「ねえ、鬼さん。この無線機っていうの使ってみていい? 急に使えって言われてもよく分かんないかもしれないし」
「好きにしろ」

 言葉通り、折りたたみ式になっているそれを開く。ボタンはシンプルに3つくらいしかない。確か、真ん中の青いボタンを押せば魔法の力とやらでルグレ達と会話が出来るはずだ。
 迷わずボタンを押した。ポチッという押し心地が小気味良い。
 しかし、聞こえて来た声は予想外のものだった。

『どうした、何か用だろうか?』
「あれっ、ウエンディさん?」

 ルグレ、もしくはオクルスが応答するかと思ったが、声はウエンディのものだ。こちらの驚きように合点が行ったのか、淡々と精霊様が使用方法を教えてくれる。

『梔子、真ん中のボタンを押しただろう。ルグレ達に繋がるのは、隣の赤いボタンだ。それが親機に繋がる。連絡を終える時は逆隣の黒いボタンだぞ』
「うっ、すいません……」
『いやいい。繋がる事が分かったのはこちらとしても収穫だった』
「間違い電話、気を付けます……」

 やっぱり先に試運転しておいて良かった。間違ってウエンディ達に繋いでしまうところだ。本番じゃなくて本当に良かった、と胸をなで下ろす。
 不意にシキザキがジト目でこちらを睨み付けているのが見えた。どうやら今の失態を最初から最後まで見ていたようだ。意外と小娘の面倒を見てくれているようである。

 敢えて無線失敗には一切触れず、全く別の話題へシフトチェンジする。こんな無線先間違いの話題など引き摺ったところで大して面白味も無い。

「そういえば、鬼さんはどうして雪華に詳しいんですか?」
「雪華は……成人していない鬼人の修行地だからだ」
「あー、鬼さんも修行した事があるって事ですね。まあ、もう見た目かなり歳食ってるんでかなり前の話なんでしょうけど」
「100年程昔の話になるな」
「ええ? 鬼さんって実は結構偉い人なんです?」
「まあな」

 一切否定してこないあたり、良いところの坊ちゃんなのかもしれない。ただ坊ちゃんなどと呼ぼうものなら捻り殺されかねないので、口にはしないが。

 ともあれ、シキザキの言葉を脳内で反芻しながらもう一度雪景色を見る。
 ――とてもじゃないが、武者修行どころか人が住める環境ではない。防寒対策を取っている鬼人の彼を見るに、やはり鬼人という種も寒さを感じるのだろう。四六時中こんな所にいれば凍えてしまうのではないだろうか。

「やっぱり、修行って言っても人が住める場所があるんですかね。とてもじゃないですけど、私はこの環境で3日と保ちそうにないですし」
「集落がある。この雪ざらしの場所で過ごせるか、馬鹿め」
「ですよねー」

 出発する前、ノーマンに聞いた凍土の全容をチラと思い浮かべる。確か、きっちり真ん中から区域が分かれており、片方は『雪華』もう片方は『スノードロップ』と呼ばれる土地だ。
 名前からして雪華区域の方が鬼人達の集落が存在する区域だろう。であれば、自分達が今向かっているのは恐らくその集落だ。