1話 永久凍土・雪華

02.適材適所と自由意志


 防寒対策ですが、というノーマンの声で意識が会議室に戻ってくる。

「財団側から特注のコートやブーツを容易しています。魔法を使った繊維で作られているので、ヒューマンの梔子もそう簡単に凍え死にしたりはしないはずです」
「私って多分、かなり寒さに弱いですけど、大丈夫ですか?」
「はい。長時間、吹雪に晒されたりしなければ問題無いかと」

 ――本当か……?
 正直、耐寒性については自身の身体で全く保証が出来ない。ノーマンの言うヒューマンというのがどの程度寒さに強い人物かにもよるので、自分の体調は自分で細部まで管理するべきだろう。尤も、常日頃からそうして生きてきた訳だが。

「防寒対策も良いが、そろそろ本題に入ったらどうだ。前置きが長すぎる」
「相変わらずせっかちですね、シキザキ。本題ですが、再び大きな魔力の流れを感知しました。間違いなく神魔召喚の動きでしょう。今回は大捕物ですよ、何せリゾート都市の時の比では無い程ですから」
「おや。では僕の兄達の誰かかもしれませんね」

 ルグレがそう言って微笑む。神魔・ダウトとしての彼から見れば、序列が彼より上の神魔は皆兄姉という事になるだろう。ピスキスはダウトより序列が低いので弟? もしくは妹に当たるはずだ。
 オーレリアが悩ましげな溜息を吐いた。

「雪華と言えば吹雪、吹雪と言えば雪華――。今回の召喚士、ヒューマン以外の種族が多そうねぇ。普通のヒューマンなら儀式中に凍えてしまうわ」
「そうだな。加えて、吹雪に身を隠して召喚を進めている程だ。今回はより一層本格的とみていい」

 そう言うとウエンディは文字通り渋い顔をする。どうやら、今回のお仕事はかなり厄介なようだ。
 話を続けます、とノーマンが仕切り直す。

「実は有力な情報はほとんどありません。ただ、凍土のスノードロップにいるマザーコンピュータ――」
「ちょっと待ってください! 何ですかそれ!」

 急に話が迷子になった。このままでは話題に追いつけないと瞬時に判断した梔子は、司会の言葉を遮って質問する。これ以上話を進められてしまうと、何が何だか分からないまま現地へ放り出される事となるだろう。
 失礼、とノーマンが微笑む。

「スノードロップと言うのは永久凍土を半分に割った東側にある区域の事です。西側には雪華があるので、凍土には2つの居住区のような場所がある事になります」
「へぇ、そうなんですね」
「そのスノードロップには『ドール』と呼ばれる、機械で出来た住人がいます」
「機械、ですか……」
「はい。そのドールを生産、統率しているのが『マザーコンピュータ』です。ドールの生みの親ですね。必要に応じてドールを生産し、不要になればドールのメモリを回収する。ドールにとっては母であり、神でもある。それがマザーコンピュータです」
「うーん、分からないけれど大まかには理解出来ました」
「そのドールというのがスノードロップ側の原住民で、既に召喚士達の情報をある程度持っています。対策を講じているようですが、上手く行ってはいないようですね」

 成る程、とウエンディが腕を組んで頷く。彼女は話の趣旨を既に理解しているようだ。

「難航しているから、同じ目的を持つ我々財団に協力を持ち掛けてきたのですね」
「その通りです。ですので、我々は制服さえ着ていれば顔パスで情報を提供して頂けます。いやあ、話が早くて助かりますね。スノードロップはそういうところがあるので、非常に好ましいです」
「雪華か……」

 呟いたシキザキが立ち上がろうとするのをノーマンが諫めた。訝しげな顔をする鬼人に、司令塔は更に話を続ける。

「今回は場所が場所ですので、前もって私の方から行動指示を出させて貰います」
「現地の俺達に任せる方針ではなかったか?」
「特別です、今回は。凍土は土地勘が無ければ遭難の危険性がありますからね。広大な無人地域でもありますし、今回は人員の分け方をこちらで指示させて頂きましょう」
「……何だ、嫌な予感がする」

 シキザキの予想は大当たり過ぎる程に大当たりだったと言えるだろう。彼にとってみれば。

「ウエンディとオーレリアはペアを組んで行動してください。貴方達は寒さに強く、ウエンディは特に自然に近い存在です。貴方達が遭難する事はないので、土地勘は無くとも上手く調査を進められるでしょう」
「ええ、了解しました」
「そして、シキザキと梔子も共に行動してください。雪華は鬼人の庭のようなもの。梔子に土地勘が無くとも、シキザキにはそれを補って余りある土地勘がありますから」
「は?」

 文句を言いかけたシキザキを完全にスルーしたノーマンが残されたルグレとオクルスに目を向ける。

「ルグレとオクルスは司令塔としての役割を担って貰います。貴方達の探知能力で魔力の流れを割り出し、実働部隊の2つに指示を出してください」
「賢明な判断ですね。オクルスはともかく、僕は相手によっては戦闘を挑む事すらありませんから」
「腐っても神魔だからな、ルグレ」

 呆れたようなオクルスの言葉を相棒は華麗に受け流す。

「では、お二人は現地に着いた時点で案内役のドールに案内をして貰ってください」
「おい」

 ここでずっと不満を溜め込んでいたであろうシキザキが眉間に皺を寄せ、ノーマンへ詰め寄る。

「何故、俺が小娘のお守りをせねばならんのだ。この間も俺が面倒を見ただろうが」
「先程理由は説明したはずです。貴方に梔子を見て貰おうと思っている訳ではなく、適材適所。それが全てです」
「凍土を舐めるな。こんな小娘を連れて歩けるはずがない」
「神魔に対抗しうる手段を持っているのは、現状彼女だけです。誰よりも必要不可欠な存在なので、そこは貴方がフォローしてくれないと。ともかく、異論は認めません。ヒューマンは寒さにも暑さにも弱い。吹雪いてきたらすぐに撤退して下さい」

 今にもノーマンを刺し殺すような勢いで睨み付けていたシキザキだったが、ややあって折れたのが深い溜息を吐いて沈黙した。彼には大変申し訳無いが、今回もお世話になる事になりそうだ。

「では、すぐ現地へ向かって下さい」