1話 永久凍土・雪華

01.無意識系フラグ建設職人


 再三言うようだが、財団での日々というのは仕事を中心に回っている。つまり、仕事が無い日というのは本当にやる事が無い。出掛けるという選択肢もある事にはあるが、この世界初心者の梔子には些か厳しいミッションと言えるだろう。今後の希望としては、待機中にショッピングへ誘える仲間を作る事だ。

 前置きはここまでにして。
 つまり、仕事の無い現状は何もする事の無い退屈な時間に相違なかった。仕方が無いので唯一の私物である設定画集を読んではいるが、新しい知識を蓄えると言うより忘れていた記憶を呼び覚ますという行為に近い。

「この世界、トランプとか無いのかな。クソ暇だなあ……」

 ベッドでゴロゴロ読書をするのも身体に悪そうだ。暇潰しの手段は無いか、今度ノーマンにでも聞いてみよう。或いはオクルスだったら外に出てみようと言えば簡単に付いて来てくれるかもしれない。恐い保護者の神魔が同行してくるかもしれないが。

 そんな気持ちが通じたのだろうか。不意に備え付けの無線機が連絡を報せた。驚いて飛び起き、そのままの勢いで無線に応じる。

「は、はい! 何でしょう!?」
『君は無線するといつも緊張していますね。ノーマンです。お仕事の時間なので、第二会議室に集合願います』
「はーい、了解しました」

 久しぶりに管理者の声を聞いた気がする。
 無線を切り、適当に着ていたシャツの上から制服の上着を羽織る。前さえ閉めてしまえば、大きめのジャケットのお陰で下に着ているシャツがほぼ見えなくなるのは良い事だ。
 外見の体裁だけ整えた梔子は自室を飛び出すべく、勢いよくドアを開け放つ――

「うわっ」

 ドン、と開けようとしたドアが何かにぶつかった。外に出るつもりだったので、盛大に額を金属製のドアにぶつける。
 しかも、不機嫌そうな声が耳朶を打った。

「おい、気を付けてドアを開けろ」
「うわ、鬼さんおはようございます」

 そこには同じく無線で呼ばれたであろう、シキザキが不機嫌そうな顔で突っ立っていた。奇跡的に出る時間がドッキングしたらしい。彼はドアにぶつかるなどというヘマをした訳ではなく、急に開いたドアを片手で受け止めていた。
 しかも、非常に嫌そうな顔をしている。

「眉間に皺寄ってますよ」
「貴様と会わなければ、この眉間の皺も伸びただろうがな」
「人のせいにするのはちょっと。というか、鬼さんもお仕事の無線で会議室へ?」
「……」
「第二会議室ですよね? 一緒に行きましょう」
「ハァ……」

 溜息を吐いたシキザキが付いてくるなと言わんばかりに足早に歩き出したので、無理矢理その後を追う。相変わらず人付き合いが壊滅的に悪いようだ。
 周囲にはいないタイプの彼の性格は嫌いではない。邪険にされようが関係無く、梔子はその背に話し掛けた。

「お仕事って何の仕事でしょうね?」
「さあな」
「あれ、楽しみとか言わないんですか?」
「仕事の内容も知らんうちに、楽しみも何もあるか」
「それもそうですねぇ」
「まあ、貴様のお守りでなければどんな仕事でも暇潰し程度にはなるがな」

 ピスキスの件を揶揄しているのだろうか。そんな事無いでしょー、などと言いつつも見事なフラグを建設したものだな、と梔子は内心ドン引きした。

 ***

 会議室に着いてみると既に結構な人数が適当な席に座っていた。
 まず司会者のような立ち位置にノーマン。そのすぐ近くの席にウエンディ、オーレリア。更に新しく財団に加わったルグレとオクルスの姿もある。
 同じくこちらを見ていたノーマンが笑みを浮かべた。

「おや、全員揃ったようですね。早速、今回のお仕事について話を始めましょうか」
「ふふ、我々は初仕事になる訳ですね」

 ルグレが愉快そうにそう言う。彼自身が神魔であるからか、恐怖心は無いようだ。それもそうだろう、戦う相手は同業者が使っている駒もしくは同業者の部下に加え、もしくは同業者。どう転んでも彼に恐怖を与えるような相手ではない。
 それに対し、ノーマンは全く触れずに事の次第を話し始めた。

「今回の任地は永久凍土、雪華という場所です」
「永久凍土?」
「ええ。梔子はまだ行った事が無いでしょう。年中雪が降っていて、常に極寒の人が住むには適さない場所です」

 ――寒い場所か。
 その言葉に一瞬だけ思考が仕事から逸れる。前の人生では寒い場所とは即ち、自身の死を意味する場所であったので実はあまり得意ではない。寒い場所には絶対に行かないようにしていたし、例え外で雪が降ろうとも遊びに行く事は出来なかった。
 薄暗い記憶がある反面、年中雪が降っているという言葉はやや魅力的でもある。何せ、生まれてこの方、雪遊びなんてほとんどした事が無い。雪だるまを作ってみたり、雪合戦をしたり、想像の中にある雪というものは少しばかり楽しげだ。尤も、今回は仕事で雪の降る場所へ行くのでリゾート都市の時と同様に遊んでいる暇は無いかもしれないが。