3話 あらゆる事情を超越するもの

08.それぞれの思惑・上


 ***

 結果から発表すると、ダウト――否、ルグレとオクルスは梔子達と同じ部署に配属され、保護ではなくある程度自由の利く財団員になる事で話が決着した。結局の所、人の皮を被って少しばかり弱体化しているルグレの方が、オクルスを護るのに最も最適であるとノーマンが判断したのだ。
 と言うわけで、彼等にも次から通常の仕事を割り当てられる事になる。梔子とも一緒に仕事をこなす日が来るという事だ。

 そんな訳で、新しい仲間となったオクルスと、梔子はロビーで雑談を楽しんでいた。彼女には頼まれ事をされていたので、進捗を伝えなければならない。

「それで? 私の相談事について何か分かったらしいね」
「分かった事と、私の憶測の2つがあるんです。両方聞いてくれますか?」
「おう、勿論」

 全てを話したせいか、今日はルグレの介入も無い。気持ちを楽にして、まずは調査結果を述べる。

「まず、『元々存在しなかったものを、存在させる方法』についてだけど――これに関しては、画集に関係のある記載はありませんでした」
「そうか、残念だな……」
「でもそれは、多分大きな問題じゃないんです」
「ええ? いや一大イベントだったんだけどな、私にとっては」

 困惑するオクルスを宥める。本題はどちらかと言えば、今からの話だ。

「オクルスさん、多分私達、存在云々よりずっと原始的な問題に直面しています」
「勿体ぶらずに教えろよ、不安になってくるだろ!」
「はい。オクルスさんはニヒルの心眼、つまりはニヒルの目玉が形を取ったものだと自分の事を言っていましたが、そもそもそれが大きな間違いなのでは?」
「と言うと?」
「だって、あのニヒルですよ? 身内から目玉取られちゃったはっはっはー、で済むと思いますか? しかも両目。普通に考えて、身体から目玉を取られた状態で黙っているはずがない」
「……確かにな。そう言われてみれば、そうだ。私は100年前にニヒルにブチ殺されてても可笑しくない」
「だからつまり、オクルスさんは既に単独で存在出来ているのでは? そうでなければ、ニヒルが手ずから目玉を取り返しに来るはずですし」
「そうだな。私は奴に会った事なんか当然無いけれど、あの化け物連中の親玉が、目玉取られて黙ってるはずはないな」

 室内に嫌な沈黙が流れる。ややあって、オクルスは念を押すように訊ねた。

「1個目の話に一旦戻るけどさ、つまり私が一個人として存在出来るような方法は無いって事でいい?」
「最初の話に限れば、ありませんね。あったとしても、ニヒルの目玉を取り込んで無事な器があるとは思えません」
「……そうか、分かった。ちょっとルグレの奴にも相談してみるよ。お前が考え付いた事を、アイツが考えなかったとは思えないし」
「うーん、ルグレさんもニヒルとは会った事が無いでしょうし、滅多な事は言えないと思います」
「それもそうか」

 それで一応は納得したらしく、オクルスはソファから腰を浮かせた。釣られて梔子もまた立ち上がる。今日の話はここまでだ。

 ***

 廊下を足早に突き進んでいたシキザキは、不意に見知った顔を見つけて思わず足を止めた。廊下の先にはボンヤリと歩くルグレ単品の姿が見える。セット扱いされているオクルスとは一緒では無いらしい。
 一瞬だけ迷ったシキザキは結局、自身の用事を優先させて声を掛けることにした。

「おい、少し良いか」

 こちらに気付いたルグレがやや驚いたような顔をする。

「こんにちは。珍しいですね、貴方から声を掛けてくるなんて。どんなご用事でしょうか?」
「神魔について知りたい事がある」
「おや。梔子さんに聞いた方が早いかも知れませんが。まあ、適当な空き部屋でも借りましょうか」

 長話を察したのか、ルグレは適当な部屋のドアをまるで自分の家であるかのように開け放った。幸いにしてそこは個室などではなく、使われていない会議室の1つだったので人の姿は当然無い。