3話 あらゆる事情を超越するもの

09.それぞれの思惑・下


「――それで、僕から何を聞きたいのでしょうか?」

 勝手に室内へ上がり込んだルグレは真意の読めない笑みを浮かべたまま問い掛けてくる。目を眇めたシキザキもまた、彼の正面に腰掛けた。
 相手は長話を予想しているようだが、こちらは長話をするつもりなど毛頭無い。早々に聞きたい情報を得、自室に戻るつもりだ。

「……貴様の今使っている身体、元はヒューマンのものらしいな」
「そうですね。召喚士としてその場に居合わせたヒューマンの身体をお借りしました。一番、見目が整っていたので」

 それだけの理由で召喚士の皮は神魔の隠れ蓑として再利用されたらしい。それについてはまるで興味が無かったので適当に受け流す。

「身体を乗っ取られた者の自我はどうなる?」
「本題ですか。簡単な事です。我々、神魔にしてみれば宿主の自我など不要。身体を乗っ取った時点で食い潰してしまいますよ。大抵の生き物は僕達の元々の姿を直に見て、耐えられる精神構造をしてはいませんし」
「……」
「無論、必ずしもそうなるとも限りません。神魔にも個性というものがありますからね。小さな命を尊重するような、秩序側の神魔も居る事にはいます。まあ、彼等はそもそも召喚士の喚びかけに応じる事もありませんけれど」
「個人差がある、のか……」

 ルグレが微笑む。それは決して額面通りの優しさを含む意味合いではなく、面白がっているのを隠す為の表情に過ぎない。その表情のまま、言葉だけはまるで他人に寄り添うかのような小綺麗なものを吐き出す。

「何か困り事ですか?」
「さあな。もういい、大体分かった。俺は戻る」
「おや、残念です。うちのオクルスが貴方達に世話になっているようでしたので、他に聞きたい事があれば教えて差し上げてもよかったのに」
「どうだかな。あの小娘が言っていたが、貴様、疑心を司る神魔だそうだが?」
「僕の名前から正体を割り出したんですね。設定画集、実に素晴らしい書物です。一体誰がどうやってそんな物を作ったのでしょうか」

 問い掛けではあるが、答えは求めていない独り言。そう判断したシキザキは、ルグレの言葉には応えず部屋を後にした。

 ***

 バタン、とやや乱暴に閉まるドアをルグレは愉快そうに見つめていた。
 一人になった会議室で昨日の事を思い返す。そう、初めて財団の拠点に入り、SSクラスという集団のまとめ役であるノーマンという男に出会った時の事だ。
 彼が下した結論は実にあっさりしたもので、「強そうだし、新入りという事で迎え入れましょう」、とそれだけだった。正直、拍子抜けしたものだ。あまりにも物分かりがいいので、或いは同類なのかもしれない。

「後で……オクルスにでも聞いてみましょうか」

 ノーマンの中に、相棒は一体何を視たのだろう。さっき彼女を見掛けた時は梔子とお喋りをしていたようなので、昨日から引き摺っている問題を解決する暇が無かった。

「ふふ、楽しめそうな場所だ」

 椅子をギシギシと行儀悪く揺らしながら、ルグレ――もといダウトはやはり独り呟いた。