3話 あらゆる事情を超越するもの

03.召喚士の協力者


 ***

 ウエンディが色々な所に連絡を取り合っている間、暇になった梔子はボンヤリとロビーで暇を潰していた。外へ出る気満々だったが、それが後回しになった以上、急にやる事も無かったからだ。

 そんな真っ白な思考の中、それを割くようにオクルスが姿を現した。当然のようにテーブルの向かい側に腰を下ろす。対話する距離感だ。

「今暇だろ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「はい、何でしょう?」

 彼女は前置きすると、訊ねてきた。大体何の話題なのかは分かるが、黙って耳を傾ける。

「さっきの話について――ニヒルについての話なんだけど。実際問題、私が奴から独立する事は出来るの?」
「私の考えが正しいのなら、それ以前のもんだいで、独立云々は難しい問題じゃないと思います。……私からも、一つ聞いていいですか?」
「うん? なに?」
「ニヒル、という名前で襲いかかって来た敵は今の所、居ないんですよね?」
「……いちいち倒した敵の事なんて覚えて無いけど、恐らくは無かったと思う」

 そうですか、と頷く。更に言葉を続けようとしたところで、またもタイミングよくルグレが割り込んで来た。しかし、この間のような謎の威圧感は無い。あくまで、フレンドリーを塗り固めた、何かアクションを起こす気は無いというスタンスだ。

「梔子さん、少し良いですか?」
「何でしょうか?」
「設定画集を、僕にも見せて貰いたいのです」
「どうぞ」

 肩掛け鞄から画集を取り出し、ルグレに手渡す。どうせ読めやしないので、貸し出しへの抵抗はない。無論、数日間に渡り貸し出しを希望された場合には躊躇するかもしれないが。

 設定画集を手に持ち、オクルスの隣に腰を下ろしたルグレはパラパラとページを捲る。その手付きは酷く丁寧だ。壊れ物でも触るかのようだ、とそう形容した方が正しいだろう。そんなに大事に扱わなくても、壊れたりはしないと思うが。
 一時ページを眺めたり、捲ったりを繰り返していたルグレだったがやがてその首を横に振る。

「予想通り、全く読めませんね」
「何しに来たんだよ、ルグレ。私が梔子と話してただろ」
「おや、お話中の所、申し訳ありませんでした」

 態とらしく謝罪を漏らしたルグレをジト眼で睨み付けた彼女は、気を取り直したかのように話題を元の路線に戻す。

「それで、さっきの話の続きだけどさ――」

 続けられそうになった話はしかし、今度は別の人物によって遮られた。

「おい、寛いでいるところ悪いが、ウエンディの用事が済んだぞ」

 苛々MAX。眉間に深い皺を作ったシキザキが仁王立ちの状態で、ロビーに溜まっていた自分達を呼びに来た。良いご身分だな、という皮肉付きだ。
 会話の続行は不可能。梔子はすいません、とオクルスに小さく謝罪した。

「今回の件が終わった後で、続きの話をしても良いですか」
「ま、仕方無いな。お前等の仕事だしな……」

 ***

 所変わって無人の海水浴場。まるでシーズンを終えた海のように静まり返る海辺は、何となく物悲しげだ。頬を撫でる暑い風が嘘のようで、頭が混乱してくる。

 そんな中、神魔捜索の為、眼を細めて海を見ていたオクルスが肩を竦めて首を横に振った。

「あー、これはもう手遅れだな。何か海中にいるのが視える。魔物じゃない禍々しさだ」

 唐突にオクルスが死刑宣告をした。責任者であるウエンディの横顔に僅かな緊張が奔る。そして彼女は梔子がちゃんと設定画集を今日も保持している事をすっと確認した。強制送還に頼るしかないからだ。

「オクルス、どういう状況なのか詳しくは分かるだろうか?」
「ああ、分かるよ。やられたな、ほとんどの準備が整っている状態だ。避難させといて正解だったんじゃないの」

 妙ですね、とルグレが目を眇める。

「そんな準備をしているのであれば、海水浴場に入った瞬間、オクルスの目に留まったはず。なのに、貴方はあまつさえ海遊びを満喫し、入り江に行った時でさえ目の前で準備が進んでいる事に気付きませんでしたね」
「ちょいちょい言葉に棘があるな……。いや、実際その時にはここには何も無かったよ。多分、昨日私達が帰った後から朝に掛けて準備を整えたんだろ」

 そんなオクルスの意見に梔子は同意の意を示した。何故なら、あの入り江ではガリダに遭遇したという重大なヒントがあったからだ。

「しっかりした触媒を持っていれば、召喚するのに夜の間があれば可能かと。ガリダとも遭遇しましたし、神魔側から召喚されたがっているのなら触媒を持っていても変じゃないですよね」
「それもそうだな……」

 難しい顔をしたウエンディはキラキラと輝く夏の海を睨み付けている。相手は水中だ。どうしたものかと思案しているのだろう。