3話 あらゆる事情を超越するもの

02.避難勧告


 話をまとめると、と梔子は咳払いして意見を述べる。

「つまり、オクルスさんが標的にされてる理由っていうのがニヒルの心眼だからって事なんですよね?」
「まあ、そうだな。何つーんだろ、母に当たる神を喚び出すのが不敬だと思っている派と逃げ出した心眼を捕まえたい派の2パターンあるとは思う」

 そりゃそうだ。ニヒルを顕現させるなんて、見る者によっては完全に不敬。打ち首ものであるし、揉めるのは必至。であれば、最早オクルスを捕まえるのはどちらの一派になるのかが重要な意味を持っているとも言える。

「オクルスさん、今までもこんな事あったんですか?」
「あったよ。全部ぶっ潰してきたけど」

 ――これも眉唾ものだよなあ。
 ルグレとの2人旅のようだし、ちょっと彼の方も人外説が出て来たように感じられる。一介の人間風情が、神魔に付け狙われてそれら全てを撃退出来るなど、俄には信じられない。

 話が途切れたのを見計らってか、眉間に皺を寄せたウエンディが不意に口を開く。彼女も恐らく、オクルスの話など欠片も理解出来なかっただろうが取った処置は納得できるものだった。

「――話はあまり理解出来なかったが、一先ず召喚の儀式が執り行われているというのは事実のようだ。であれば、まずはその召喚を潰すのが先だろう。私達と、貴方達の利害は一致しているはずだ」
「話が早くて助かります。その一点においては僕達と財団は、確かに利害関係が成り立ちますからね」
「ルグレ、ただ私から一つだけ言える事がある。オクルスに関しては、出来れば財団で保護したい」
「それが可能かどうかは、貴方達の態度にもよりますよ。一先ず。ピスキスの召喚阻止については協力するつもりがありますので、そのつもりで」

 易々と財団の庇護下には入らないらしい。ただ、その話に関しても後回しだろう。今は別にやる事がある。

「何でも良いが、さっさとその神魔を始末した方がいいぞ」

 痺れを切らしたシキザキが同意する。ルグレは相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべると一つ頷いた。

「ええ。先程はまんまとしてやられてしまいましたので、次はオクルスの眼を使って探した方が良いかと」
「いやちょっと待て、その前に結局、神魔・ピスキスはどんな神魔なのか教えてくれ」

 ウエンディの言葉に梔子が答える。既に手にした設定画集は件の神魔のページが開かれていた。

「一言で言うと、魚っぽい神魔ですね。エビメロよりずっと序列が低いので、強制送還行けると思います。ただ――まあ、魚って時点でお察しなんですけど、水場ではめちゃんこ強い神魔ですね」
「という事は、僕達が海周辺を探していたのはあながち間違いではなかった、という事になりますね」
「二重フェイクだった訳か。まんまとホテルにまで撤退してきた訳だが、冷静になってもう一度周囲を探せば今頃任務が完了していた可能性があるな」

 そう言ってシキザキが舌打ちする。彼は話し合いにとことん向かない性格である。
 そんな中、オクルスが訊ねて来た。

「なあ、強制送還って何?」
「え? ああ、この設定画集に神魔を強制的に送還する魔法が載っているんですけど、それの事です」
「どこに送還するの?」
「さあ……。召喚される前の場所じゃないですか?」
「ええ……」

 オクルスが非常に不安そうな顔をする。確かに、彼女も実質、神魔のようなものなので送還された場合ニヒルの中へと還る事になってしまいかねない。慌てて梔子は、彼女を安心させるべく言葉を紡いだ。

「いや! 別にオクルスさんに使うつもりは無いですから!」
「ああうん、そりゃそうだろうけどさ……」

 これは強制送還という魔法の存在そのものが気掛かりになっている状態とみた。下手に言葉を重ねても、彼女を安心させる事は出来ないだろう。

「梔子、シキザキ。海水浴場の人払いをしようと思う。召喚士達と関わり始めてから、かなり時間が経った。間に合わない事も視野に入れるべきだろう。その時に、海水浴客がいたら犠牲者が出かねない」
「何でも良いが、さっさとしろ。暇で堪らん」
「数時間掛かる。その間、身体を休めておいてくれ」

 数時間の間に召喚士の儀式を潰せないものかとも思ったが、リゾート都市の海は広い。全面海で囲まれているようなものだ。相手の居場所が特定出来ない以上、先に一般人の避難をした方が良いのかも知れない。