01.オクルスの正体
ほぼ無言でホテルに帰還した。取り敢えず帰ってはみたものの、問題は何一つ解決していない。
ロビーにて、口火を切ったのは苛立っているシキザキだった。
「で? 何故、貴様等は奴等に付け狙われている?」
オクルスが最高に面倒臭そうな顔をする。その視線の先にいるのはルグレだ。
「なあルグレ、もう正直に話した方が早くない? しらばっくれるのにも無理があるでしょ、こんなの」
「……そうですね」
「じゃあ、私から事情を説明していいんだな?」
「結構です。ただ――まあどうせ、梔子さん以外には何の事か分からないかと思いますが」
「梔子、後でお前から他の連中に補足しといてよね」
――私にしか分からない?
そんな事無いだろ、と思う反面、実は彼等は設定画集について何か知っているのではないかという漠然とした確信も湧き上がる。
「……私にも分かる話かどうかは保証しかねますが、一旦話して貰っても良いですか? 分からない事があったらちょくちょく質問しますけど」
「おう、いいよ。まず私についてだけれど」
そう言って見目麗しい彼女は自らを指し示す。粗野でありながら、何故か上品にも見える立ち振る舞いは憧れの対象だ。
「私はオクルス。ニヒルの心眼なんだ」
「……は? ちょ、ちょっと待ってもらって良いですか」
――既に帰りたくなってきた。
ニヒルというのは間違いなくニヒル&オムニスという双子の、無と全を司る神魔の片割れだ。ちなみに、長子であるニュートラルと、長女のオルディネ、長男のカオスは彼等から直接生み出された神魔として高い位を備えている。
その神魔の頂点に君臨する片割れ、ニヒル。それの心眼という時点で大惨事案件である事は間違いない。何も聞かなかった事にしてお暇してもいいだろうか。
そんな願いを否定するかのように、たっぷり間を開けたオクルスが説明を再開する。容赦が無い。
「こっちは前提の話になるんだけど、神魔の中には生みの親であるニヒル&オムニスを顕現させたいと考える一派が一定数いる」
「そうでしょうね。親御さんですもんね」
「奴等の考えのせいで生み出されたのが私って訳。召喚で自分自身より上位の存在を喚び出すのは難しいけれど、身体のパーツを分割して喚び出せば最終的にはニヒルもしくはオムニスを喚び出せるって考えた訳だ」
「喚び出す為にトップの重鎮を解体するって考え方が実に神魔的だと思いますけどね」
「全くだよ。私もさ、心眼のパーツとしてこの地に堕とされてもう100年以上経ってる訳でさ、そうなってくると根付いた記憶から自我が芽生えて来るわけ」
「……つまり、召喚された時点ではニヒルを喚び出すパーツという存在で何ら疑問は抱かなかったけれど、月日が経って自我が芽生えたって言いたい訳ですね?」
「そうそう」
そうなってくると、最早オクルスは一つの生命体だ。母体であるニヒルに再吸収される事を恐れる、命ある生き物に変わり無い。もう、彼女がどうしたのかは理解した。したのだが、念を押すように麗しいニヒルの心眼は言葉を紡ぐ。
「私はこの美しい現世という大地で生きたいと思ってる。だから、私が本体から独立する方法をルグレと一緒に探してるのさ」
「……はい。状況は、理解しました」
ただし、ネックはニヒルの一部という事――
「……あれ」
「どうした、梔子?」
「いや、ちょっと考えが上手くまとまりません。オクルスさんの目的は分かりました。画集を再度読み込んでから、考えて良いですか」
「お、私の願いを叶えてくれるって事?」
「画集は全能じゃないんです。そういった方法があるかどうか、一度調べないと。それに、ちょっとそれ以前の問題があるかとも思うので回答は保留にして良いですか?」
「いいよ。真面目に考えてくれてありがとさん」
色々と言いたい事はあるし、引っ掛かる事もある。あるが、一先ずは目の前にある神魔召喚騒動を片付けるのが先だろう。こちらには一刻の猶予も無い。仕事完遂の為、次にルグレへと話を振る。
「オクルスさんの事情は分かりましたけど、ルグレさんは結局何なんですか?」
「僕ですか? ええ、単純にオクルスの力になる為にここにいます」
「えぇっと? それはつまり、オクルスさんの為だけに危険に首を突っ込んでるって事で良いですか」
「ええ。全く以てその通りです」
――本当かなあ……。
ルグレのにこやかな表情を見ていると満更嘘という訳でも無さそうだが、逆にそれ以外の目的もあるように感じてしまう。全く食えない人物だ。