08.ルグレ達の事情
それを見届けたウエンディが捕縛した召喚士2人に視線を落とす。ガリダの群れが全滅したのを受けて完全に狼狽えている彼等は小さく震えているようだ。
「さあ、お前達にも話を聞こう。何故、神魔の眷属――ガリダと行動を共にしていた? 奴等は召喚者如きの命令を聞くような生き物じゃない」
「だ、誰が答えるものか!」
ローブを深く被った男性召喚士が震える声で叫ぶ。神魔信者の類いだろうか。その決意は震えながらも固いように見え――
梔子がその様を観察していると、収めた刀を抜き放ったシキザキが、その刃を召喚士へ向けた。獰猛な鈍色の輝きが網膜に突き刺さるかのようだ。当然、唐突に命の危険に晒された召喚士は小さな悲鳴を上げる。
「貴様が答えぬのなら、その首を落とし隣の者に聞こう」
「シキザキ……」
ウエンディが呆れたような声を上げるも、バッサバッサとガリダを薙ぎ倒していた鬼人の言葉は脆弱な召喚士に効果覿面だった。引き攣った悲鳴を上げた召喚士がウエンディの問いに答える。
「ヒッ……!! わ、わた、私達はただ私達の神を信仰していただけで……!!」
「それってピスキスかな?」
「礼を弁えろ!」
神魔の名を口にしたら怒られてしまった。そんな様子の召喚士兼信者に、シキザキが持っていた得物の刃をギリ、と食い込ませる。生意気を言うなと態度で示しているのだろう。再び召喚士が恐怖の声を上げる。
「貴様が立場を弁えろ。それで? 何故、急にその崇め奉る神を召喚しようなどと動き出した?」
「か、神からのお告げがあったからだ。我等の神が、この下界に用があるのだと」
何だそれは。変な夢でも視たのではないだろうか。そうは思いつつも、これだけの仕掛けとガリダの群れを見ればそれがあながち間違いではないという気もしてくる。
とにかく神のお告げは気になるので、問い返してみる事にした。
「神のお告げっていうのは、どういったものですか? 基本的に神魔は人からの召喚を不敬だと思っていて、あなたの言う通り何か用事があるから召喚しろって事で要求をしていると思うんですけど」
「い、いやだが、神の遣いから直々に……神をお喚びする為の神具をお持ち頂いたので、やはりお告げに間違いは無いかと」
「神具? 召喚媒介の事かな。眷属が持参して来たって事は何かこっちに用事があるって事だよね。何で現界したいのかは分からないんですか?」
「神の御心など、私達に分かる訳がないだろう」
完全に下請けの召喚士らしい。神の遣い、つまりは眷属に言われるがまま神の望みを果たそうとしていたのか。神魔にしてみれば召喚士など使い捨ての駒に過ぎない。彼等に目的を話していないのは当然の流れだろう。
彼等の話に不自然な点は無い。全くの神を信仰し、その信仰が行き過ぎているだけの狂信者らしい動き。
考え込む梔子を余所に、納刀した鬼の彼はルグレを横目で睨み付ける。
「だそうだが、貴様等の方では何か分からないのか」
「ええ。把握致しました」
「説明してもらおうか」
当然の要求に対し、ルグレはその首をあっさり横に振った。苛立った鬼人の目が更に眇められ、殺気にも似た空気が狭い洞窟に満ちる。
「理由は分かりました。が、事情は説明したくありません」
「なかなか豪胆な判断だな。ここまで来ておいて、説明が出来んという事が通ると思っているのか?」
「誓って言いますが、特に貴方達ヒューマンや財団に何かをするつもりはありませんよ。今回の目的が終われば、また旅を続ける事になるでしょう」
「成る程、意味が分からん」
呻るシキザキの代わりに、こちらも流石に難色を浮かべているウエンディが訊ねた。
「つまり、あくまで我々と敵対するつもりは無い。そう受け止めて良いのだろうか」
「結構です。そういうつもりは全くありません。僕達はただ、存在し続ける為の方法を探しているだけですから」
不意に、昨日のオクルスの相談事が脳裏を過ぎった。彼女が求めている事と、ルグレの目的はイコールされるのだろうか。しかし、ルグレは真剣だ。珍しく嘘を吐いているようには見えない。
ややあって、小さく溜息を吐いたウエンディは首を振る。それは肯定や否定の意味を持つのではなく、考えがまとまらない事を示す動作だ。
「一旦、ここから出るとしよう。またガリダなどが出て来られては面倒だ」