2話 追加のお仕事

07.非戦闘員の実力


 しかし、オクルスが標的になっている事に最も顕著な反応を示したのはルグレだった。見面に皺を寄せ、苛立ちを前面に押し出した化けの皮が剥がれたような顔。
 非戦闘員ぶりを散々語っていたその事実を忘れたかのように、彼は腰の得物を抜いた。何故だろう。それが鞘から抜き放たれた途端、背筋を奔る怖気にも似た感覚に梔子は背筋を伸ばす。
 臨戦態勢に入ったルグレはかなりのロングパスで、シキザキの「今回は殺すな」という台詞のボールを鬼人へと投げ返した。

「殺しはしませんが、話を聞ける状態ではないでしょうね。捕縛したいのであれば、財団側の人員でどうぞ」
「加減も出来んのか、貴様」
「羽虫を殺さないように潰すのは難しいので仕方ありませんね。小指で突いただけで死んでしまう、それだけの事です」
「……何が戦闘は出来ないだ」

 シキザキの呟きをスルーしたルグレは自発的にガリダへと駆けて行った。そのまま、まるでバターをナイフで切り分けるかのように、あっさりと甲殻類を真っ二つに切り分ける。何て切れ味だ。
 上手く返り血を躱したルグレが、次なる獲物へと向かって行く。あまりの進撃加減に、ガリダの方もオクルスどころではなくなっているようだ。混乱が生じているのが伺える。
 ガリダという眷属はあまりおつむが良くないので、次に取るべき行動を決めかねているのだろう。

「これなら私は働かなくて良さそうだ」
「オクルスさん……」

 いつの間にか隣に並んでいた彼女からは緊張感が無い。標的にされているのは自分だという自覚が無いのか、それともルグレへの信頼の表れか。ともあれ、オクルスその人は落ち着いたものだった。
 梔子の不安を感じ取ったのか、彼女は端正な顔に余裕の表情を浮かべる。態とらしいとも言える大袈裟な表情。

「何、梔子恐いの? 大丈夫、私がついてるだろ」
「オクルスさんって戦えるんですか?」
「戦えるよ。ただ、ルグレがやる気だから、もう任せちゃっていいかと思ったからさ。ここに居るだけで。狭いし、大勢で掛かったって邪魔だろ」
「はあ……」
「もし、あの3人の横を抜けてここまであのエビ共がきたら。私が戦ってあげるから、心配しなくていいよ」

 あまりにも自信満々なので、眷属如きに負ける腕前ではないらしい。
 それが本当なのか、小娘を安心させる為の口八丁なのかは計りかねる。

「あ、そろそろ片付きそうだな。いやー、雑魚ばっかりで良かった良かった」
「みんな、アホみたいに強いですね。ガリダって、普通の人間が相手ならしっかり武器揃えてからでないと勝てない強さに設定されてるはずなのに」

 この場合のしっかりとした武装、というのは剣や杖などと言ったファンタジックな物ではない。ライフルとか拳銃とか、そういった意味合いでの武装だ。通常の人間が剣など振るったところで、棒きれ同然である。

 そうやって思考している間に事態は終息へと向かう。
 最後のガリダを仕留めたルグレが剣に付着した体液を振り払い、それを収めた。一方で召喚士と思わしき黒ローブ達をやっと捕縛出来たウエンディは少しばかりホッとした顔をしている。
 一連の事象が完全に完結したのを見、険しい顔をしたシキザキがルグレを睨み付けた。

「で? もうホテルに帰っている暇なぞないぞ。貴様等、何の厄介事を持って来た。リゾート都市からの依頼というのも眉唾ものだな、ここまで来ると」

 指摘を受けたルグレは完全に武器を仕舞っている。その状態で肩を竦めて見せた。顔には目がちっとも笑っていない笑みが張り付いている。

「僕も現状では特定出来ないんですよ。取り敢えず、生け捕りに出来た召喚士に話を聞いてみては? まあ、心当たりは幾らでもあるのですが」
「それを答えろと言っている」
「全てお話していたら日が暮れてしまいますよ。僕等は人気者なんです」

 シキザキ、とウエンディが彼の言葉を一旦諫める。

「無駄な押し問答は一度止めろ。捕らえた彼等に話を聞いた方が早い。お前達も関係がある事がよく分かった。諸々の疑いが晴れるまではここに居て貰う」
「ふふ、疑い。疑いですか。それもそうですね」

 不気味に笑ったルグレは一先ずその場から逃げ出すつもりはないようだ。何より、彼の相棒であるオクルスがその場から動く気配が無い。事の解決までは残ってくれるらしい。