2話 追加のお仕事

05.人工洞窟


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 全員が絶妙なバランスで海を渡り終えた。梔子自身はウエンディによって小脇に抱えられ、生きた心地が全くしなかったが最も楽に岸へと辿り着けたと言える。

 広がる白い砂浜は三日月型をしており、すぐ目の前には切り立った崖のような岩肌。成る程確かにリゾートとして提供する場所としては狭いし、何より景観がかなり危険だ。ここが一般向けに解放されている場所でないのは一目瞭然である。
 そんな切り立った岩肌に人が掘ったような穴がぽっかりと開いているのが見えた。自然と出来た物では無く、鋭利な機械や道具で削り取ったような穴だ。見るからに怪しい。

「十中八九、ここだな。召喚士というのは何かと手狭な場所が好きらしい」
「ふん。神魔の力を借りねば何も出来ん弱者の集まりだ。湿った洞窟の中がお似合いだろうよ」

 ウエンディの皮肉に暴言を以て返したシキザキは退屈そうだ。戦闘狂なところがある彼にとって、戦闘員では無い召喚士と呼ばれる彼等との戦闘は最早作業であり、戦いではないのだろう。

「それは良いけどさ、いいから入ろうぜ。フェイクだったらどうするのさ」
「そんな事は無いと思いますが、貴方がそう言うのであれば急ぐと致しましょう。せっかちな事ですね、オクルス」

 せかせかと洞窟の中へ入って行こうとするオクルスを、やんわりとルグレが諫める。先に行くなと言いたいのだろう。彼は彼女に対して過保護すぎるきらいがあるようだ。
 そんなオクルスに引き摺られる形で、財団の一行もまた狭い洞窟の中へ足を踏み入れる。

 ――分かれ道が3つ。

「いや迷路? 何だかあからさまに人を分割、もしくは時間稼ぎされてるような……」
「珍しく気が合うな、小娘。俺もそう思うが」

 ここに来てオクルスのフェイク発現が濃厚になってきた。しかし、ルグレの言う『変な魔力の流れ』も辿る必要がある。例え何らかの罠であったとしても、仕事であり、現状が手掛かりである以上飛込まなければならないのだろう。
 それを最もよく理解しているウエンディは最初の決定をねじ曲げたりはしなかった。彼女は優れたリーダーだ。

「いや、フェイクであったとしてもこのまま魔力の出所は確認する。放置する事は出来ない。3本道か、であれば――」
「人を分ける必要は無いさ。一番左の道が正解だよ」
「オクルス、それは何故なのか聞いても良いだろうか?」
「この先に召喚士がいるかどうかはともかく、人が通った形跡が唯一あるのは左の道だけ。ああ、探す必要は無いさ。私は目が良いから視えるだけだから」
「……?」

 首を傾げるウエンディに対し、ルグレが補足で言葉を加える。

「詳しく説明するのは難しいのですが、オクルスの目は本物です。信じるに価するかと」
「……なら、貴方の判断を信じよう。オクルス」

 時間も押している事だし、と小さく付け加えた精霊の彼女は指し示された左の道へと入っていく。梔子もまた、その形の良い背中を追いかけた。

 その後も歩く、歩く。
 入り組んでおりまるで時間稼ぎをする為だけに造られた迷路のようだ。5分程、無言で歩いたところで我慢が出来なくなり、梔子はその口を開いた。

「それにしても、綺麗に削られた洞窟ですね」

 これだけ人が居るのだから、誰か一人くらい返事をしてくれるだろう。
 その考えは間違いではなかった。なかったが、意外な人物から言葉が返ってくる。

「ええ。良い避暑地ですし、観光客も溢れていない。出来ればもっと、穏やかな時にここへは訪れたかったものです」

 ――ルグレだ。本当にそう思っているのか怪しい言葉に、返す言葉を失っているとニタニタ意地悪そうに笑ったオクルスが横槍を入れる。

「ルグレ、お前に景色を楽しむ心とかあるわけ?」
「失礼な。僕だって観光をしたいという気持ちくらいはあります」
「ふふん、どうだか」
「嘘ではありませんよ。オクルス、貴方が観光したいと駄々をこねだした時から、多少なりとも考えてはいましたとも」
「お二人とも、本当に仲が良いんですね」

 気付いたら2人で楽しそうに会話しているのでそう突っ込んでみたら、ルグレが珍しくも穏やかに微笑み。何故かオクルスは腹を抱えて笑った。それだけで2人の関係性というか、上下関係が垣間見えるようだ。

「下らん話で盛り上がるのも良いがな、どうやら外れのようだぞ」

 苛ついたシキザキの声で我に返る。目の前には行き止まりと、その行き止まりの壁に描かれた巨大な術式だけが存在していた。