04.正しい海の渡り方
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数時間が経った。時間厳守のメンバーは全員、最初に指定した時間にはロビーへと集合し、移動。
現在は問題の入り江へとやって来ている。
「わあ、観光者向けの海水浴場から離れたらこんなに静かなんですね。綺麗だなあ、でもこれは気付きづらいかも」
呟いた梔子は件の入り江を目を細めて視界に入れる。海育ちでも無い限り、この距離から今見ている光景を目の当たりにしても、恐らくそれが入り江であるとは瞬時に判断出来ないだろう。
しかし、言われてみれば岩陰に隠されるように白い砂浜が広がり、南国に生えていそうな木々が立っているのがうっすらと見える。
ルグレが言った通り、人間の小娘に泳いで行ける距離ではないのは確かだ。相当泳ぎが達者、もしくは遠泳に優れていない限り溺れてしまう事だろう。
不安を前面に押し出し、魔法でなんとかすると言ってのけたウエンディに視線を投げる。しかし、ルグレの言葉により脆弱な小娘の視線に、彼女は気付かなかった。
「やはり、不穏な魔力の流れを感じます。ここで間違いないかと」
そんな彼に対し、相方のオクルスは目を眇めて首を横に振る。おや、何だか仲良しコンビの意見は割れているようだ。
「そうは言うけどさ、やっぱり私には何も視えないよ。お前の勘違いなんじゃないの、ルグレ」
「ですが、ここに変な魔力が流れているのは確かです」
「そうなの? まあ、魔力の流れは私にはよく分からないしそう言うのならそうかもしれないけれど」
この場で強い発言権を持つウエンディが2人の意見を取り纏めた。
「可能性がある以上、確かめる必要がある。行ってみよう。何も無ければ去るだけだ」
「ふん、どうだかな。罠か、時間稼ぎか――どちらでも無ければいいが?」
シキザキが鼻を鳴らすも、ウエンディは彼の意見を聞く気は無いようだ。「その時はその時だ」、と軽く受け流している。
そんな事より行くと決まれば不安な事が、それもかなり大きな心配事がある。
「ウエンディさん、私、本当にここを渡れるんですか? 画集に海を渡る魔法なんて、都合の良い魔法は無いですよ」
「問題無い。君は私が背負って行こう。他は魔法を掛ける、バランスは各自で取ってくれ」
「バランス!? 何ですか、バランスって!」
「梔子。君は私が面倒を見る。気にする必要は無いよ」
――いや気になるわ!
何かの拍子に一人で逃げる事になったらどうするんだ。三半規管は強いので、平均台の上も一直線に歩ける自身はあるが、果たして求められるスキルがそういった類いのバランス感覚であるかは不明瞭だ。出来れば、一人で戻れなどという羽目にならないよう祈るのみである。
が、ここで放置組に分類されたオクルスが梔子の疑問を代弁してくれた。彼女にとっては他人事では無いので当然である。
「いやちょっと、バランスって何さ。私には関係あるだろ、ちゃんと説明しようぜ」
「ああ。私はシルフだから、風の魔法が得意だ。海の上を歩けるように――説明は省略するが――調整をする。流石に転べば水没するから、気を付けろというそれだけの話だよ」
「不安だな。ちょっとルグレ、先にやってみろよ」
「いいでしょう。どのような魔法を使うのかは見当が付きます」
オクルスの無茶な丸投げに気安く応じるルグレ。この2人、やはり相性が良いのだろう。
「始めるぞ。出来れば失敗しないで欲しいが、海に落ちた場合は早めに声を掛けてくれ。魔法を掛け直す」
それだけ注意するとウエンディはぶつぶつと意味不明な文言を唱え始めた。説明が恐ろしく雑だが、どうやら自分の面倒は彼女が見てくれるようなので黙っておく事とする。