2話 追加のお仕事

03.女子トーク中断


 ***

 ホテルのロビーに移動してきた。もう日は暮れているというのに、観光地と言うだけあって人の出入りは激しい。

「――それで、話とは?」

 麗しい笑みを浮かべるオクルスにそう訊ねる。彼女は入念に周囲を確認し、確認し、確認してから口を開いた。何とも用心深い事だ。
 しかも、周りが気になるのか彼女の説明は端的に言って要領を得なかった。

「あーっとその、何て説明すれば良いのか分かんないけどさ。ちょっと色々あって、本来は存在していない存在を、上手い事存在させる為の方法? を探してんだよ」
「はい?」
「うーん。元々は一つのものを切り離して、2つにする、みたいな。切り離しても多分問題は無いけれど、本体と付属品を切り離す方法が無い上に、切り離した付属品がなくならないようにする方法も無いっていうか」

 ――闇が深そうな話が始まった!
 深く突っ込んではいけないような空気に思わず息を呑む。あっけらかんとオクルスは説明しているが、こんな訳の分からない事を必死で説明してくるのだ。彼女にとってみれば、かなり重要な話題に違いない。

 黙り込んだ梔子に対し、説明がやはり全く伝わっていないと悟ったオクルスが、身を乗り出す。詳細な説明をしてくれるような雰囲気だ。

「いやだから、つまり――ぐっ!?」
「ヒッ……!?」

 その整った形の唇が、女性より大きい男性の手で覆われる。オクルスには見えていないだろうが、彼女の背後に現れた人影が誰であるかダイレクトに理解した梔子は素直に恐怖の悲鳴を上げた。
 突如現れたその人は、表情こそにこやかだが目がちっとも笑っていない。

「おや、お二人で楽しそうなお話をしているようですね。僕も混ぜて貰ってよろしいですか?」

 オクルスの相方――ルグレ。彼は彼女の口を覆った手をあっさり外すと、どっかりとその相方の隣へ腰掛けた。更には威圧的に足を組み、嘘くさい笑みを貼り付けている。
 一方で、オクルスも身の危険を感じたのか眉根を寄せて小さく恐怖の表情を浮かべている。

「る、ルグレ、なんでここに……」
「ホテルのロビーですよ? 僕がここで自由な時間を満喫していて、何らおかしい事は無いかと思いますが。それとも、貴方の方に何かやましい事でも?」
「いや、別に。私はちょっと梔子と女子トークしてただけだし」
「貴方、女子という歳じゃないでしょ」

 ――長居しない方がいい気がしてきた。
 明らかに先程の話題を避け始めているオクルスを前に、梔子はソファから腰を浮かした。恐らく、彼女とルグレとの解釈の間に差があったのだろう。このまま今の話題が続行されるとは考え辛い。
 それに、少しだけ恐ろしい相手に感じるルグレの嫌がる事をして後々トラブルになるのはごめんだ。ここはお暇させて頂こう。

「じゃ、じゃあ私は部屋戻ってもう休みますから。お二人でどうぞお好きに〜」
「おや、僕達に気を遣う事などありませんよ」
「いえいえ、歩き疲れたんで。もう寝ます」
「そうですか。邪魔をしてしまったようで申し訳ありません。ゆっくりお休み下さい」

 非常に何か言いたそうな顔をしていたオクルスをスルーし、梔子は自室目指して早足に去って行った。

 ***

 翌朝。
 何となくという理由なき理由で朝早くロビーに下りて来た梔子。しかし、朝の爽やかな空気を粉砕するように、性懲りも無くオクルスが現れる。
 どんだけ昨日の話題が気になるんだ。そう思いはしたが、彼女を観察するに切迫した状態のようなので、苦言を呑込む。

「おはよう、梔子! いやあ、昨日はルグレが急に出て来て悪かったよ」
「殺されるかと思いましたけど……」
「アイツちょっと神経質なところがあるからさ」
「そうなんですか? オクルスさんは、昨日私と別れた後は大丈夫でした?」
「え? 何が?」

 ルグレに怒られたり、喧嘩にならなかったかと聞いたつもりだったが何事も無かったようだ。きょとんとした顔の彼女を見れば一目瞭然である。なかなか、ルグレは彼女に甘いところがあるらしい。

「そうそう、それで私はお前に話があったんだよ、梔子」
「えー、何ですか?」

 昨日の話題ならルグレを説得してから出直してくれと思わざるを得ない。
 が、彼女はちゃんと常識を弁えていた。

「謝ろうと思って。勝手な事して、恐い思いさせて悪かったよ。本当に行き詰まったら、ルグレを説得してからまた相談に来るから。その時はよろしく」
「え? あ、はい。勿論」
「お前は優しい奴だよ。ありがとさん」

 そう言って笑ったオクルスはひらりと手を振ると、自室の方へ歩き去って行った。まさか、昨日の謝罪をする為だけに出て来たのだろうか。逆に悪い事をした気持ちになるのと同時、彼女もまた結構良い人のようだと認識を新たにした。