2話 追加のお仕事

02.夕方の訪問者


 ***

 きっかり5時間後。
 一同は再度ホテルのロビーに大集合していた。現在の時刻は午後6時、18時頃となっている。
 ――行動は明日以降かな?
 沈みゆく夏の夕日を眺めながら、梔子は漠然と心中でそう呟いた。日は傾き始めてから落ちるまで一瞬だ。他の皆は知らないが、人間である自分は夜目が利かない。明るくなってから動いて欲しいのが本音だ。

 当然の如く、財団側に新しい情報は無い。手分けして探している時点で、ルグレ達はある程度当たりを付けていたようだったが、こちらにそんなものは無いからだ。
 案の定、こちらが全くの無情報である事を予め分かっているのか、早々にルグレが報告を始める。

「僕達の見立てですと、次は海水浴場にある入り江辺りに陣取っているようです。上手い具合に岩場で隠れていて、入り口が分かり辛い」
「海を越えなきゃならないな。まあ、1キロくらい泳げるなら手段は特に要らないし、泳いで行けば良いって話だけど」

 ――1キロメートルは流石に泳げないな。
 自身の身体を見下ろす。自由が利く身体ではあるが、過去一度たりとも水泳で好成績を収めた事は無い。良くも悪くも無い成績、つまり25メートルまたは50メートルを泳ぐのが精一杯だ。加えて、学校のプールには足が着く。海水の中を同じように泳げるかと問われれば答えかねる状態だ。

 そんなか弱い人間の不安を察したのか、強靱な魔力を持つシルフのウエンディは僅かに笑みを浮かべた。それは弱小ヒューマンである梔子へ、安心しろという意味が込められていると見て取れる。

「海を越える事に関しては、私の魔法でどうにでもなる。気にする必要は無い」
「流石、頼もしい限りです」

 ふん、と鼻を鳴らしたシキザキが問い掛けた。

「今から行くか?」
「いや、今日はもう日が落ちる。明日の早朝に発つとしよう。ルグレ達も、それで良いだろうか?」
「ええ。むしろその方が良いかと。我々ヒューマンは夜目が利きませんからね。そうでしょう、梔子さん?」
「そうですよね。私もそう思っていました」

 人間ではあるが使える人材代表のルグレから不意に同意を求められて背筋が伸びる。彼の言う事は最もなので、首を縦に振って同意の意を示す。
 対し、夜目が利くらしい鬼人サマは不満顔だ。

「チッ、悠長な事だな。どうなっても知らんぞ」
「そうカッカするなよ、寿命が縮むぞ」
「ヒューマン風情に寿命の心配をされるとはな」

 オクルスのからかいに対し、顔を引き攣らせるシキザキ。そんな彼の顔を見て、彼女はカラカラと笑っている。メンタルは鋼で出来ているらしい。

 ***

 本日はやる事が無くなってしまったので、ホテルの自室にて梔子はぼんやりと設定画集を読んでいた。
 というのも、財団の仲間達は仕事仲間であって友人では無い。気軽に暇だからとお茶に誘える間柄ではないのだ。否、もっと親密になればそれも可能なのかもしれない。現時点では実現し得ないお茶会の夢だが。

 物思いに耽っていると、急にドアがノックされた。誰ですか、と問うよりも前にカラッとした元気な声音が響く。

「梔子? いる? ちょっと用事があるんだけど」

 ――この声はオクルスさんだな。
 基本的に人の事を覚えるのは得意だ。すぐにそうだと当たりを付け、ドアを開く。予想通り麗しい容の女性が女性らしくて子供っぽい笑みを浮かべて立っていた。何と言うか、見れば見る程に浮世離れした悪く言えば人間らしくない人物だ。

「どうしました、オクルスさん?」
「ああうん、ちょっと相談があるんだけどさ。個室はちょっと……」
「え? どうして?」
「お前の所のシルフ――ウエンディとか言ったっけ? 隣室だろ。私達は警戒されているからさ、聞き耳を立てられてるな、これ。視えるもん」
「聞かれたくないお話を所望されているんですか?」
「そうそう。プライベートなご相談ってやつ。だから、敢えて人目に付きやすいロビーに移動したい」

 成る程。梔子自身は財団に管理されている人間だ。何か危害を加えそうな人物が、人目に付かない個室で相談、などと言ったら警戒しているウエンディにも相談の内容を結果的に打ち明ける事となる。何せ、隣室で聞き耳を立てているらしいのだから。
 しかし、ロビーへ移動すればどうか。ロビーにはあらゆる人物が出入りし、人目がある。そこでは危害を加え辛く、そして密談をする2人組に構う人物はいない。ある意味、隠密度が高い場所と言えるだろう。

 正しくオクルスの意図を理解した梔子はベッドから立ち上がった。プライベートな相談を小娘如きにしたところで解決するとは思えないが、乗ってやろうではないか。

「行きましょうか、あんまり役立つとは思えませんけど」

 いつも通りのバッグに設定画集を詰め、「そうこなくちゃ」、と笑うオクルスの背を追った。