1話 リゾート都市でのお仕事

08.思わぬ危険


 召喚士2人は怯えきっており、可哀相だが手荒な真似をする前には全て自白してしまいそうな勢いだった。踏み止まっているのは、ひとえに神への信仰故か。彼等の心中は図りかねてしまう。
 全く以て堂々とした態度のウエンディが情報収集の為に口を開いた。

「ではまず、これは何の神魔を喚び出す為の――」

 その言葉は最後まで続けられなかった。
 彼女の横で話を聞いていた梔子の襟元がぐっと締まり、後ろへと引き摺られる。また、精霊の彼女は彼女で唐突に横っ跳びへ跳んだ。
 一瞬後、爆発的な音と共に先程まで何とも無かった天井がガラガラと落ちてくる。あのままあの場に立っていては、瓦礫の下敷きになっていただろう。

 小さく息を呑みつつ、助けてくれた人物の顔を見上げる。

「あ、有り難うございます……。鬼さん……」
「うすのろめ」

 意外な人物に助けられた、その事実の方が心臓に悪い。何度か深呼吸をし、今起きた奇跡的な救出劇は忘れる事とする。

「……生き埋めになってしまいましたね」

 呟いたのは財団の動向を黙って見ていたルグレだった。その視線は淡々と瓦礫の山を捉えている。
 おい、とオクルスがその山を指さした。

「運が良いな、片方は生きてるみたいだけど」
「なに?」
「あら。本当かしら?」

 マイペースにそう言ったオーレリアが何事かをぶつぶつと唱え、左手を瓦礫の山へ向ける。程なくして現れたのは目を覆いたくなる男性の遺体と、その下敷きになって致命傷は負っていないもう一人の召喚士だった。
 仲間の返り血を浴びたその人物はガタガタと震え、何やら意味不明な言葉を口走っている。

「うっぷ、スプラッタはちょっと……」
「おや、梔子さん。大丈夫ですか?」
「ええ、まあ……」

 背を向けて口元を押さえ、屈んでいるとルグレに背中をさすられた。気持ちを落ち着けつつ、今起きた事を再確認すべく瓦礫の山を見やる。
 急に天井が崩落した。幸い、身軽だったウエンディとシキザキに助けて貰った自分は無傷だったが、縛り上げられていた召喚士の片方は死亡。もう片方は生存しているが――やはりどう見ても話を聞ける状態ではなさそうだ。

 困った顔をしたウエンディが、一応の会話を試みる。ただしかなり投げやり。何の情報も得られないだろうな、という諦念を漂わせてはいるが。

「トラブルが起きたところ悪いが、私の質問に答えてくれ。この召喚用の術式は――」
「ひい……。か、形の無いいきものが、ふわうわあるいているあのにわでずっとずっとずっとずっとこわいずっと」
「…………ダメそうだな」

 譫言を繰り返す召喚士を前に、ウエンディはお手上げと言わんばかりに頭を横に振った。彼女の言う通り、まともに会話が出来る状態では無い。

「おい、小娘」
「はい?」

 シキザキの言葉で我に返る。高い位置にある頭を見上げると、自然と目が合った。

「貴様、何を突っ立っている。あの術式について、画集に記載は無いのか?」
「無いですね。私から言える事はカオス系譜の術式って事だけです」
「不便なものだな」

 混沌側の神魔を喚び出そうとしていた事は分かる。しかし、それ以上の事は何一つ分からない。せめて喚び出す為に使おうとしていた触媒でもあれば絞り込み出来そうなものだが、それすら見当たらない。
 なあ、とオクルスが話し掛けて来た。

「その設定画集って結局何なの?」
「これは……どうしてだか知らないけれど、神魔についての情報が載っている画集です。絵が付いていますから」
「ふうん。まあ、確かに、絵がたくさんあるな」

 画集を覗き込んで来たオクルスは納得したのかしていないのか分からない、曖昧な言葉を漏らした。
 ――と、不意に視線を感じて顔を上げる。
 冷えた眼差しのルグレが視界に入った。彼もまた、じぃっと設定画集を見つめている。梔子の視線に気付くと、彼は爽やかで胡散臭い笑みを浮かべた。

「ああ、不躾に眺めてしまってすいません。見た事の無い文字で綴られた本だと思いまして」
「そうですか……」

 変な沈黙。
 しかし、それは長くは続かなかった。残った術式の記録を取っていたウエンディとオーレリアがこちらを向く。

「ここに居てもどうしようも無いな。この召喚士は一先ず保護し、一旦引き上げるぞ」
「了解です」