1話 リゾート都市でのお仕事

07.召喚士


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 程なくして、ルグレの活躍によりあっさり地下へ続く階段を発見する事が出来た。というのも、そもそもここまで捜索の手が伸びて来る事を考慮していなかったのか、階段は簡単に隠されているだけで、シルフであるウエンディの目は誤魔化せなかったからだ。

 早速、全員で階段を下り、長細い道を進む。

「地下って言うだけあって、ジメジメしてますね」
「全くだ。あーあー、買ったばかりの服に変な染みとか出来なきゃいいけどさ」

 うんざりとオクルスが呟く。彼女はあまりにも人間味が強いので、話をしていて少しばかり安心するのも事実だ。

「それにしても、一本道ですね。やはり、ここまで探される事は想像の範囲外だったようだ」
「ルグレちゃんのお手柄ねぇ」

 クスクス、とルグレの言葉にオーレリアが妖艶な笑みを溢す。しかし、そんな彼女に対するゲストの反応は「お褒めいただき有り難うございます」、という淡泊なものだった。
 やはり、オクルスという美女を連れ回しているだけあって目が肥えていると見える。

 お喋りも良いが、と我等がまとめやくの精霊様が朗々と言葉を紡ぐ。

「どうやら対面のようだ。目標は捕縛。くれぐれも全滅などさせないように気を付けてくれ。奴等には聞きたい事がある」

 隠しもしないウエンディの言葉で、円になり、ボソボソと何か会話をしていた一団が顔を上げる。全員が全員、怪しげな真っ黒ローブを着、頭まですっぽりローブを被っている。その姿はまるでただの影法師のようだ。
 そんな影法師の中の1人が驚愕の声を上げる。

「なっ、何故ここが!!」

 すぐに影法師達は全員、魔道書なり杖なりを取り出す。急に現れた侵入者が、仲間でない事をはっきりと理解しているのだろう。
 臨戦態勢に入った一団を見て、シキザキの目が爛々と輝く。生け捕りが条件だったはずだが、迸る殺意は目的を忘れていそうで心配だ。

「ハッ、降伏するのならば命までは取らんぞ、召喚士共」
「ひぃ……」

 鬼人の恫喝に怯んだ声を上げる召喚士達だったがしかし、それだけ恐れ戦いているにも関わらず、誰一人として降参の意を示す者はいない。何か算段でもあるのだろうか。

 交渉をシキザキに丸投げしていたウエンディが黙々と魔法を形成し始める。いつ見ても不思議な光景だ。と、不意に彼女の美しい容が梔子を向く。

「君の魔法は制御が出来るか怪しい。ここは私達に任せて、オクルス達と待っていてくれ。この程度、君が働くまでも無い」
「了解です」
「ウエンディ、流石に9人は連れて帰るのに多すぎるわ。2人くらいで良いかしら?」
「構わない。事情が分かっていそうな、真ん中の男は確実に確保してくれ。オーレリア」

 物騒な相談を終えた吸血鬼が嬉々として地を蹴る。ヒールを履いているというのに恐ろしい機動力で召喚士の一団へ飛込んで行った彼女は、精霊・シルフの注文通り「事情が分かっていそうな真ん中の男」を除いた3人を、持っていた得物でバッサリと斬り捨てた。
 狭い室内に噎せ返るような鮮血の臭いが充満するのを、鼻を押さえて回避する。

 出遅れたシキザキが舌打ちし、端に固まっていた数名に襲いかかった。最早、光景としてはただの山賊。

「おやおや、恐ろしくお強いんですね。ところで梔子さん、貴方は参加しないとか?」

 光景に飽き飽きしたのか、ルグレがそう訊ねて来た。彼は戦闘こそ苦手と胡散臭いながらもそう言っていただけあって、観戦を決め込んでいる。
 そんな彼の問いに梔子は曖昧な返事をした。

「えーっと、まあ。加減とかよく分からないし……。そもそも私は戦闘員にはカウントされないんじゃないですかね?」
「お前、弱そうだもんね」
「オクルス!」

 相棒の失言に慌てたようにルグレが鋭い言葉で注意する。しかし、当のオクルスはケラケラと緊張感の無い笑い声を上げるだけだった。

 和やかな会話をしている間に、戦闘が収束する。ウエンディの指示通り、最初に指定された男と適当な女団員の2人を捕縛したようだった。その他は地に伏しているが、それ以上の事は知りたく無かったのでそっと目を逸らす。
 合計で9人いた集団は2人にまで減り、その2人の顔色も心底悪い。急に殺戮ショーが始まればそんな顔色にもなるだろう。少しだけ可哀相だ。

 それを非情に見回したウエンディは、可哀相に震えている召喚士2人を見下ろす。

「ここを去る前に、幾つか聞きたい事がある」

 梔子もまた、室内を見回した。
 召喚士達は最初、円になって何かを取り囲んでいたが、その中心部には魔方陣が鎮座している。何かを召喚しようとしていたのは間違いないだろう。

「ウエンディ、先にこの魔方陣について聞いておくのかしら?」
「ああ。記録も取りたい事だし、解説付の方がやりやすい。梔子も、この魔方陣について知っている事があれば教えてくれ」
「あ。はい」

 慌てて設定画集のページを捲る。記憶力は良い方だが、流石にこれがなんであるのかまで、はっきりとは記憶していない。