1話 リゾート都市でのお仕事

03.難航する聞き込み


 ***

 調査を開始して1時間半が経過した。そして、現状に梔子は絶句して棒立ちしている。

「この間の小さな町よりずっと聞き込みが難しい……」

 その一言に尽きた。海水浴場は人で溢れかえっている。かえって聞き込みもしやすいかに思われたが、その考えは大きな間違いだったようだ。
 海水浴場にいる大半の人々は観光客。観光客に都市の異変を尋ねてもよく分からないという答えばかりが返って来る上、リゾートで浮かれておりまともな回答など片手で数えられる程しか無い。
 更に人が多すぎて誰に何を聞けば良いのか分からなくなってくるという事態。ちなみにシキザキは案の定使えないし。

 盛大な溜息を吐いた梔子は、裸足で海水を蹴り上げた。足首まで浸かった足が水音を立てる。聞いているだけで涼しくなってくるようだ。
 しかし、その態度に対し、鬼さんの厳しい言葉が突き刺さる。

「水遊びを止めろ。何も成果が得られていないのに、よくもサボる気になれるな」
「何の役にも立たない鬼さんには言われたくないんですけど」
「あ? 喧嘩か? 買うぞ」

「あのぅ」

 今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気になった、その瞬間。自分のものでもシキザキのものでもない男性の声が割って入った。ぎょっとしてそちらを見る。如何にもチャラそうな男が2人、片手を挙げてこちらに視線を送っていた。
 そんな彼等だが、顔に覚えがある。少し前に聞き込みをした、友人同士で遊びに来ていると要らん情報までくれた観光客だ。

 そんな事など当然のように忘れているであろうシキザキがウエンディから仰せつかった『用心棒』の役目を果たすべく、ボキボキと手を鳴らす。この音で完全に怯んだ男性2人は、先程と同様に顔を青くした。何てデジャブ。
 仕方無いので慌てて鬼人の強行を止める。

「鬼さん、この人達、多分何か用があって来たんだと思いますよ。さっき聞き込みした人達だし」
「こんな特徴の無い連中の顔をよく覚えているな、小娘」
「記憶するのは得意なんです」

 ヒソヒソと話し合っていると、怯えつつももう一度男性達がこちらへ声を掛けて来た。なかなかに肝が据わっている。

「あの、すいません、そういう感じじゃないんです! えーっと、さっき、あんた等に声を掛けられた者で……」
「ああ、すいません。どうかしたんですか?」

 埒があかないので男性に尋ねる。片方の男が事情の説明を始めた。

「実はさっき、超絶美人……いや、女性に話し掛けられたんだよ。その話し掛けてきた理由っていうのがあんた等と同じで。またか〜、みたいな話をその女性にしたらあんた等に会いたいって言い出してさ……」
「え? ウエンディさんかな……?」
「ウエンディであれば、わざわざ奴等に声を掛けずとも、俺達の姿を見つけるだろうよ。それに、調査地が離れ過ぎている」

 超絶美人、という事であればウエンディもしくはオーレリアの可能性があったが、あっさりシキザキに否定された。ド正論である。

「えーっと、その女性にあんた等の事を紹介しちゃっていい?」
「良いだろう。その女をここまで連れて来い」

 そう言い放ったシキザキに対し、やはり怯えた表情の男性達は「分かりました」、とガッチガチに緊張したままそう言い、駆け出して行く。その同じ理由で聞き込みを行っている女性が有力な情報を持っている可能性もある訳なので、会ってみて損は無いだろう。

 程なくして、男性達が連れてきたのは成る程、チープな言葉で形容すればかなりの美女だった。ウエンディ達にも引けを取らない美貌の持ち主だろう。
 無駄なパーツが一切無い、整いに整った顔立ち。黒い長髪を編み込んだ可愛らしい長髪に、黒真珠のような双眸。この雑多に人が溢れかえる海水浴場であっても、注目を集める存在と言って差し支えない。
 だがしかし、梔子自身は彼女と同性であったこと。そしてシキザキが美女にまるで興味が無かった事が災いし、2人とも現れた女の容姿に触れる事は無かった。

 あと、何故か彼女は両手に海の家で購入可能な焼きそばと綿菓子を持っている。しかもガチ目のビキニ姿。満喫し過ぎでは?

 女は梔子とシキザキを交互に見やると、悪戯っぽい笑みを浮かべる。それは美貌に似合わない不思議なやんちゃさを感じさせた。

「よう。ちょっとお前等に聞きたい事があるんだけど」

 ――何か喋り方!!
 ガキ大将か何かのような喋り方に一瞬耳を疑う。何か想像と180度違う感じの人だ。しかし、今の話題にそれは関係無いので言葉を呑込む。シキザキは気にした様子も無く、好戦的な笑みを浮かべている。

「ほう、奇遇だな。俺達も貴様に聞きたい事がある」
「あ、その前に。お前等もありがとさん。もう解散して良いよ、面倒掛けてごめんね」

 ひらひらと彼女が手を振ると、男達は名残惜しそうに解散して行った。それを一瞥する事も無く、初対面の彼女は淡々と話を路線に戻す。

「紹介がまだだったな。私はオクルス」
「よろしく。私は梔子で、こっちの鬼さんがシキザキ」
「はいはい、よろしく」

 彼女――オクルスはなかなかにフレンドリーだ。大して、非フレンドリー代表のシキザキは眉間に皺を寄せている。