3話 繁栄する町

14.銀の門


 結果的に言えば。それは恐らく成功したのだと思う。
 強制送還発動と同時、目の前に巨大な銀の門が出現する。ただし、その門はゾッとするような代物だった。
 見えたのは全く異なる風景。大自然に沈む、人工的な遺跡の群れ。柔らかな太陽の日差し、清廉な水の気配。門を額縁とした、美しい絵のような光景。あまりにも荘厳で、それでいて自然的な光景を目の当たりにし、完全に思考が止まる。

 心洗われる風景を目視しているはずなのに、怖気が止まらない。この門の向こう側へ行けば二度と帰って来られないという漠然とした確信に感情が支配され、その場から一歩たりとも動けなくなる。
 ただ、その異様で不思議な空間から解放されるのもまたすぐだった。エビメロを足下の影ごと吸い込んだ門は、役目は終わったとばかりにゆっくりと閉じてゆく。
 その隙間がぴっちりと閉ざされ、門が空気中に溶け消えるまで、呆然とその光景を見つめていた。

「――……成功した、か?」
「そうみたいね……! どうなる事かと思ったけれど、この強制送還があれば」

 話を始めた2人の声でハッと我に返る。普通に会話をしているようだが、彼女等は今の光景を観なかったのだろうか。
 息を吐き出す。何だろう、50メートル走でもした後かのような倦怠感。額を伝う汗を拭う。酷く疲れていて、足はまるで棒のようだ。

「ちょっと、梔子? 大丈夫? とても疲れているようだけれど」
「魔力が底を突いた時の症状に似ているな。梔子、動けるか? まだこの場でやる事がある。どこかに座っていてくれて構わない」
「あ、はい……」

 ぐったりと返事をし、その辺に体操座りする。心臓はバクバクと嫌な音を立てていて、とてもじゃないが宿のあった場所まで戻れる気がしない。

 まだ作業がある、と言っていたウエンディだけを残し、オーレリアが横に立った。屈み込み、顔色を確認してくる。

「無理をさせてしまったみたいね。1日に1回――ううん、もっと長い時間の休憩が必要かしら。ノーマンにはそう伝えておくわね」
「ええ、すいません」
「いいのよ。ところで、エビメロの眷属について聞いても良いかしら? あれは、駆除せずとも自動的に消えるの?」
「そう、ですね。喚び出したエビメロが使役しているようでしたので、そのエビメロが還ったのなら眷属も存在を保てず強制的に還っていると思います」

 ところで、と話題を変える。眷属はどうだっていい。この世界の住人達なら、例え兎の軍勢や飼育者が残っていようと簡単に処理できるだろう。

「あの、門なんですけど。綺麗な場所の風景とか見えませんでした?」
「風景? ……いいえ。アタシが観ていたのは、エビメロが黒い門の向こう側に吸い込まれていくところのみよ」
「そうですか。じゃあ、門の裏側から観たら何か見える仕組みだったのかもしれませんね」
「綺麗な場所の風景、ね。どんな所だったのか聞いてみたいわ」
「何でしょうね、今この場所に少しだけ似ている、そんな場所でしたよ。こう、もっと荘厳な感じの広い場所でしたけれど」

 何が見えていたのだろう。それに、気になる事は他にも幾つかある。
 まず、エビメロは最初、真っ先に自分を狙って魔法を放って来た。前衛2人を無視してだ。しかし、その後はこちらに攻撃を仕掛けて来なかった。あれは何だったのだろうか。今思えば、何かを確認するような挙動だったと言えなくもない。

 ちら、と作業に従事するウエンディを見やる。彼女は先程までエビメロが座していた場所にある――術式に目を落としていた。十中八九、エビメロを召喚するのに使ったものだろう。
 術式は赤い絵の具のようなもので描かれている。否、濁して形容する事も無くあれは『知性ある生物の血』だ。それがあの怪物を喚び出す為の、一つの条件だから間違いない。

 不意に、ウエンディがこちらを向いた。

「神魔を召喚するのには、莫大な魔力が必要だ。それはどこから集めたのだろうか? というか、町人を殺害したのは、本当にエビメロとその眷属なのだろうか?」
「あら、ウエンディ。それはどういう意味かしら?」
「莫大な魔力、それを集める為にどうするかを考えた。この術式を起動させるのに必要な魔力は、ヒューマン以外の種であっても捻出するのが難しい。であれば、他者から奪い取る他無いだろう?」
「眷属の前に、住人を殺害した『誰か』が居るって事かしら?」
「そうだな。死体は綺麗に片付いていたが、あの知性の欠片も無い兎達の事だ。肉料理にでもして、完璧に処理した可能性が高い」

 ウエンディが言う事は尤もだ。あの兎達は真の意味で雑食。食糧となる物であれば何でも――死肉且つ多少腐っていたとしても――口に入れ、養分に変えてしまう事だろう。食糧から魔力を摂取する訳でも無いだろうし、魔力の有る無しは関係無いとみていい。