3話 繁栄する町

15.報告活動


 そもそもの話。
 どういった思考、思想で以てしてエビメロを召喚するに至ったのだろうか。エビメロ信仰の兆しが無い事は、ウエンディ達が資料を調べた事により分かっている。町人に神魔を召喚する意味はあまり無かったはずだ。

「――何だかとっても焦臭い話になって来ましたね」
「アタシもそう思ってたわ。これ、多分余所の信仰集団か何かが勝手に町で神魔の召喚を行った可能性がある」
「何ですかそのヤバい集団は」

 喚び出せばまず間違いなく、喚び出した人間が最初に神魔によってあの世へゴーさせられる訳だが、何故そんなに喚び出したがるのか。人とは不思議な生き物である。
 一方で、考えても仕方ないと思ったのか、ウエンディは首を横に振って思考を脇に置く動作を取った。

「謎は多いが、一先ずこの術式を記録に残すとしよう。後は上司に提出し、今回の任務は完了だ。何がどうしてこうなったのかは、今考えても分からない」
「別の誰かが絡んでいるとみて、確実だけれど。そうね。まずはミスターに報告しなくちゃね」
「そういう事だ。さあ、私達もあるべき場所へ帰るとしようか。梔子、歩くのが困難であれば私とオーレリアが交代で君を背負って移動しよう」
「あらあら。お姉さんに任せなさい。よぅくこうやって弟を負ぶってあげたものよ」

 一度、拠点に戻り報告をする事になった。お言葉に甘え、オーレリアに背負って貰う。こんなに強制送還の使用が疲れるものだとは思わなかった。

 ***

 拠点の会議室にて。
 全ての報告が終わり、梔子を除く全員でのミーティングを終えたウエンディは、黙ってその会議室に残っていた。

 いつかの時のように、仏頂面で対面している男――シキザキに、用件だけを伝える。

「梔子は……見事に強制送還を成功させた。良かったな、シキザキ。我々にも光明が見えたようだぞ」

 喜ばしい話であるが、鬼人は胡乱げな表情で鼻を鳴らした。恐らく、深く考え事をしている。何か腑に落ちない、或いは気に掛かる事でもあるのだろうか。
 それを良い事に、更に言葉を掛ける。

「梔子にやって欲しい事があるのならば、今のうちによろしくしておく事だな。残念な事に、強制送還をアテにしているのであれば、転じて梔子自身をアテにしている事になる」
「ふん、やりようなど幾らでもある。貴様に横からああだこうだと言われる謂われは無い」

 ――深刻そうだな……。
 やらせる、という事は決定付けられている。一体、何を送還させる気なのかは知らないが。

「私から伝えるべき事はそれだけだ。職務に戻る。明かりは消してから、退室してくれ」
「分かっている」

 もう一度、シキザキを一瞥したウエンディは会議室を後にした。

 ***

 町人は全滅、眷属はエビメロと共に退去した名の無い小さな町。一時的にとはいえ、完全に無人と化した町というのは大層不気味な空気を醸し出している。
 そんな、かつては町であり、それを取り纏めていた者の住居――町長の邸宅にて、松明を持った人影がゆらりと揺らめいていた。

 その人物が見下ろす先には赤黒い術式が鎮座している。お洒落を通り越して機能不全を起こしている屋根の無い邸宅は、月明かりが煌々と入って来ており、思っている程暗くは無い事だろう。
 それを少しばかり黙ってみていた人影は、おもむろに、破壊されずに残されていた棚の引き出しを引き、空いた片手を突っ込んだ。
 引き出しの中にさして物は入っていなかったらしく、変わった石の嵌め込まれた指輪を取り出すと、素早くポケットに忍ばせる。更に、丈夫にあるガラスの戸を開け、中から立派な鹿の角を回収。

 一連の強盗行為に身をやつした人影は一つ頷くと、松明を片手にその場から撤退し、真夜中の闇に溶け消えて行った。