11.手持ち武器色々
「オーレリア、先にあのツナギの男を叩け。私が他の兎を処理する」
「ええ、了解」
素早く的確にそう言ったウエンディが小さな術式を手の平に形成し始める。それは瞬時に完成した。どうやら魔法を作っていたのではなく、武器を取り出していただけのようだ。
彼女の左手には細かい装飾が美しい、細身の刀身――レイピアとでも形容出来る武器が鎮座していた。
出現した武器を素早く振り抜く。ごうっ、という空気が動く音。慌てて梔子は自身の髪の毛を押さえた。舞い上がる風で、目の中に髪が入ってしまいそうだ。気分はまさに春一番が吹いているようなものである。
イメージの中では魔法を使う人物と言うのはすべからく後衛だと思っていたのだが、そこは流石シルフ様。近付いて来た兎が伸ばしてきた手をスルリと躱し、細身の刀身ですれ違い様に急所を串刺し。流石の光景に息を呑む。
目を逸らすついでに、オーレリアの姿を捜した。そういえば、飼育者の始末を命じられた吸血鬼の彼女はどうなったのだろうか。
捜せば目立つ彼女はすぐに見つかった。じりじりと兎達を盾にしつつ、後退りする飼育者をゆっくりと追い詰めている。さながら野生の肉食獣が、文字通り兎を狩るかのような余裕のある立ち回りだ。
そんなオーレリアはその手に大きめの剣を持っていた。特徴的な柄、あれは見た事がある。世界史の授業で資料集から発見した――そう、クレイモアという武器に似ているだろう。
見た目はとても重そうだが、彼女はそれを軽々と持ち上げ、飛び掛かって来た兎の1匹を易々と斬り伏せた。腹を真横に裂かれたその兎が撒き散らす鮮血は、跳ねた側から凍り付いていく。何か特殊な武器を使っているのだろうか。
「あら、アタシの方にばかり兵隊を割いてしまっていいのかしら?」
「うるさい……」
挑発とも取れるオーレリアの言葉に、苛々と飼育者が応じる。
「うふふ、どうやって突破しようかしら?」
「おい、遊んでいないで早く処理しろ。仲間を呼ばれたら面倒だ」
「ならウエンディ、アナタがそっちを早く片付けてアタシの加勢をすれば良いのよ」
「働いてくれ」
切実なウエンディの言葉に、オーレリアは楽しげだ。この2人の付き合いは長いのかもしれない。何となく息が合っている気がする。
ウエンディへのちょっかいを止めた吸血鬼は血に濡れた切っ先を飼育者へ向ける。触れたら血が噴き出しそうなそれは、夕日を受けて不気味な色に輝いていた。
次の瞬間、オーレリアが駆け出す。
それを見てすぐに思い至った。というか、脳に刻みつけられた。
やはり見た目は麗しい美女に見えるオーレリアも、人ではない、人外的な存在なのだと。
爆発的な速度。目で追うのがやっとな勢いで、まずは飼育者の回りにいた兎達を斬り伏せ、または武器の効能で凍り付けに。呆然とその光景を見ていた飼育者を目にもとまらぬ速度で真っ二つにする。
抵抗する間もなく群れの長が崩れ落ちていった。そして、その飼育者もまた人ではないらしい。地面に倒れたそれは、作った血溜まりの中に影となって溶けていき、やがてその血溜まりすら瞬きの刹那には消え失せる。
「あら、消えちゃったわ。これでいいのかしら、梔子?」
「えーっと、多分、大丈夫だと思います。こういうギミックの事はよく分からなくて、すいません」
「いいのよ。アナタはそこに居るだけで十分役に立ってるもの」
「空気洗浄機みたいですね、私」
うふふ、とオーレリアが意味深な笑い声を漏らす。眼福ものの笑顔を見納めつつ、ふと我に返ってウエンディの様子を伺う。
彼女は彼女で、オーレリアに気を取られている間に自分の仕事をしっかり片付けていた。倒れ伏した雑兵を無感情に見下ろしている。と、不意に精霊がこちらを向いた。
「片付いたな。気を取り直して進むとしようか」
「吃驚する程、鮮やかな手際でしたね……」
「そうだな。この程度なら、どうという事は無いさ」
そう言ったウエンディが微かに笑った。