10.避けては通れないもの
それで、と今度はオーレリアが口を開いた。
「エビメロと言うのはどういう攻撃を仕掛けて来るのかしら? 動きに特徴があるのなら、それに合わせて回避したいのだけれど」
「そうですね……。神魔は共通で人が使わない変わった魔法を使用して来ます。多分、ベースは私が使うやつと同じだと思うんですけどね」
「そうなの? この間の模擬戦みたいなものを想像して良いのかしら」
それはあくまで通常の動きの話だ。神魔と言うだけあって、彼等は独自の特殊な攻撃法を持つ。どちらかと言うと、このファンタジーな世界においては固有の攻撃法の方が重要だ。何せ普通の魔法はやはり普通に防げる可能性さえある。
「それとは別に固有の攻撃方法があるんです。ただ……何でしょう、口で説明するのが難しいですね。とにかく影に注意、としか」
「影、か……」
ウエンディがやや低い声でそう呟く。影という単語だけで、相手の面倒臭さが伝わったのだろうか。首を振った精霊・シルフの彼女は不意に一点を指さした。
「ともあれ、エビメロの拠点には着いたようだ。町長の邸宅に陣取っているんだろう? 梔子」
「はい。ここまで来たらもう、間違いないと思います」
嫌な気配が満ち満ちている。
道中何度も擦れ違った兎達の姿は無く、まるで廃墟のような静けさ。静謐と形容するに相応しいその空気は、肺を焼き切るような緊張感さえ覚える程だ。
ずっと会話をしていたので忘れていた気後れに似た感情が湧き上がる。今更、とそう言われるかもしれないが自分如きに神の座におわします存在を、強制送還などと、そんな事が本当に可能なのだろうか。
しかし、それと同時に「そもそも自分が設定を付けたあの怪物が実在しているのか?」という純粋な好奇心も湧き上がって来る。イラストを書いたのは別人。それに設定と言う名の性質を付けたのは自分。
それが意味する事とは何なのだろうか。
深く沈み込んでいた思考が、オーレリアの呆れたような声で引き戻される。
「あらあら、奥の方は随分と適当なのねえ。まるで廃墟じゃない」
「エビメロに文明という概念はありませんからね。生み増やす事が全てです」
「華の無いカミサマね」
手をひらひらと振るオーレリア。対し、ウエンディはどこか納得したように深く頷いている。
「成る程。私達もあの宿で無為に時間を過ごしていれば、いつかは奴等の養分になっていたという事か」
「その通りなのだけれど、ゾッとする話よね。ねえ、梔子ちゃん?」
「そうですね。ま、そうならないように私は居る訳ですから、ご安心下さい!」
「あらあら、頼もしいじゃない」
不意に一歩前を歩いていたウエンディがピタリとその歩みを止めた。その形の良い背中に顔をぶつけてしまい、謝罪する。
「いてっ、す、すいません」
「構わない。いくら囮がいようと、避けられない戦闘があるようだ」
「えっ」
虚空を見つめていたウエンディの何を考えているか分からない双眸が、素早く周囲の家の角などを巡った。途端、現れる人、人、人――
15人程いるだろうか。間違いなく兎の軍勢、エビメロの眷属である。そして、兎の群れが居るのであれば、当然その飼育者も近くにいる。
程なくしてツナギのような服装をし、帽子を目深に被った男がふらりと目の前に躍り出た。顔はよく見えないが、明らかに周囲の兎達を従えている空気感が伺える。
人間と同等程の知能を持つ、その飼育者は淡々と口を開いた。
「お前達、いつの間にこんな所に。困るんだよな、勝手に彷徨かれると」
「我々がどこを歩き回ろうと、咎められる謂われは無いな」
「そうか。まあいい、母様の繁栄の為、大人しく食事になってもらうとしよう。おい! 捕らえろ!」
それが合図。ずっと黙って事の成り行きを見守っていた兎達がじりじりと近付いて来た。結構な人数が居るように見えるが、ウエンディが落ち着きを払った声音で訊ねてくる。
「梔子。兎の軍勢はまず、飼育者から叩く、そうだったな?」
「はい」
「君はそこから一歩たりとも動かなくていい。防御魔法だけ張っていてくれ。すぐに片付ける」
あまりにも当然のようにそう言うので、本当に造作も無い事のように聞こえる。人間側の目線からすれば無謀な事この上無いが、生憎と彼女等は人外の存在。実は簡単に人間と同等程度の力を持つ相手を伸してしまえるのかもしれない。
ともあれ、我等が指導者である精霊様の言に従い、慌てて防御魔法を張る。本当に突っ立ってて良いのかと思ったが、戦闘などした事も無いド素人が乱入したところで邪魔になるだけだ。戦況が悪くならない内は黙って見ているとしよう。