3話 繁栄する町

08.存在価値もしくは利用価値


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 朝食を終えた後。協調性の無い面々がてんでバラバラに部屋から出て行き、各自待機に入ったのを見送ったウエンディは最後まで残っていた男に声を掛けた。

「神魔を返還できる――可能性が、あるそうだぞ。シキザキ」

 机に頬杖を突いていた鬼人はふん、と鷹揚に鼻を鳴らす。それが気の利いた返事が無い時の癖である事は織り込み済みだ。

「本当にそれが出来るのならば利用価値はあるがな。あんな小娘と、画集などという訳の分からん物に果たしてそれが出来るのか」
「そうだな、それはそうだ。ただ私は……私にとっても、勿論お前にとっても価値のあるものである事を願うよ」
「チッ……」

 舌打ちしたシキザキは荒々しく席を立つと出て行ってしまった。深く考え事をしていたが、話し掛けた事により我に返ったのだろう。

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 正午。梔子は揃った面子をボンヤリと眺めていた。
 今現在は宿であっさり貸し出ししてくれた会議室に陣取っている状態だ。確かに『兎の軍勢』は大変オツムが弱いが、こんな物を与えてしまうあたり本当に兎と同等程度の知能なのだろう。

 作戦の概要だけれど、というオーレリアの言葉で意識が引き戻される。そうだった。ボーッとしている場合では無い。今からようやく動く事になる上、十中八九、梔子自身の存在価値が計られるのが今回の作戦だ。
 組織の中に確固たる役割を持って生き残る為には、神魔を強制送還出来る事が絶対条件である。

「神魔の元へ辿り着く事が出来れば、3分で強制送還の支度が調うと梔子が言っているわ。つまり、実働部隊と囮に別れる必要があるわね」

 お姉さんの説明を厳格な表情をしたウエンディが引き継ぐ。

「囮部隊が注意を引いている間に、実働部隊がエビメロそのものを叩く。シンプルだが、現状を鑑みるに最も効率的な作戦だろう。何せ、私達は既に神魔の眷属に取り囲まれている」

 『兎の軍勢』、そして『飼育者』。この2つの眷属システムで相手側の戦力が統率されている事はウエンディにしっかりと伝えた。その上でこの作戦を選んだのだ。
 基本的に集団の頭は飼育者。それらの意識を一点に集中させさえすれば、エビメロの元へ到達するのは簡単だ。
 しかし、シキザキが眉間に深い皺を寄せ、不満の意を表明する。

「失敗したらどうする」
「無論、撤退する。その場合、この町に生存者はいないのでそのままだ」
「……良いだろう」

 無茶をしない事を確認したのだろう。ウエンディの迷いの無い答えに、鬼さんは一先ず険悪な空気を納めた。

 代って、トウキンが目を細めながら訊ねる。

「問題点が幾つかありますね。まずエビメロがどこに居るのかが分からない。次に注意を引くと言ってもどうするのでしょうか。あと、メンバー割はどうなっておりますか?」
「まず、メンバーだが、これは貴方の予想通りだろう。囮部隊に貴方とシキザキを。梔子を運搬する役目は私とオーレリアが担う」
「まあ、妥当な判断でしょうね。吾が戦闘民族と同じ括りなのは引っ掛かりますが」

 他にも口にしていたトウキンの懸念、エビメロの居場所について梔子はその口を挟んだ。

「エビメロの居場所は私が何となく分かります。恐らくこれは、窓から見えるちょっとだけ大きな邸宅の中です」
「町長のお宅でしょうね。設定画集保有者には、そのような能力も備わっているのでしょうか」

 おい、とシキザキが険しい顔をする。

「貴様、ニュートラルの時は居場所なぞ分からなかっただろうが」
「あれは召喚されてないじゃないですか」

 ことある毎に突っかかってくる鬼人に対し、軽やかにそう答えると睨み付けられてしまった。火花散る光景に気付いたオーレリアがそれとなく話題を変える。

「注意の引き方だけれど、とにかく戦闘ね。梔子が言っていた通りなら、相手はワンブロック戦法よ。飼育者を早急に始末し、1つのブロック毎叩くの」
「成る程。吾に延々戦い続けろと、そういう訳ですか」

 嫌味めいたトウキンの言葉を完全にスルー。これ以上決定を覆すつもりは無いと言わんばかりにウエンディが締め括る。

「決行は夕方だ。それまでに配置へ付け」