07.ランプが写し出す影・下
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以上で目的を達したのか、宿の自室に戻る。
シキザキは満足げにしている梔子に聞きたい事の全ての解答を得ようと問い掛けた。
「――で? 何ださっきの影は」
「あれは正体ですね。中身は普通に人じゃ無いって事ですよ。今回出張って来てる神魔は繁栄の神魔、エビメロ。あの兎はその眷属である兎の軍勢ちゃんです」
「ほう。ヒューマンと何ら変わらんように見えるがな」
「戦闘力は人間より少し強いくらいですよ、多分。ただ、あの兎は周囲にある栄養に変えられる物全てを取り込んで爆発的に殖えます。恐らく、この町に元々住んでいた人達はとっくの昔にエビメロの繁栄の栄養になってしまったでしょうね」
その話が事実だとするのならば、町が丸々1個壊滅している事になる。梔子の言葉のせいで、余計に疑問が湧上がって来るがそれ以前にまだ分からない事があるので、そちらを先に片付けよう。
「……あのランプの火。あれはどういう事だ?」
「兎の軍勢は光で照らされると、あんな風に影の中に正体が映り込んでしまうんです。なので、自分達で付けた特殊な明かりを使って人前では過ごしています。だから、一度火を消して付け直しました」
「成る程。では、貴様が懸念していた町人の振る舞いは眷属とやらが、住人に成り代わっていたからこそ為し得たという事か」
「ええ、ええ。そういう事です。いやに統一された答えを口にすると思ったんですよね。兎の軍勢は頭がよろしくないので、ブロック毎に別の眷属である飼育者が管理しています。それが言った言葉をそのまま私達に答えていたんでしょうね」
文字通り烏合の衆を束ねる眷属が存在するのか。実に合理的であると同時、不意に気付く。
「奴等は何故、貴様に夜食を与えた? 栄養が必要なのだろう?」
「人間が家畜を育てるのと同じ意味合いですよ。それに、出来るだけ警戒心を解いた後で襲いかからなければ、抵抗されて死人が出てしまうかもしれないでしょう」
「幾らでも殖える事が出来るのにみみっちいな」
そうですね、と答えた梔子は何の躊躇いも無く貰った夜食をその口へ放り込んだ。あまりにも警戒心が無いのでぎょっとしてその様子を眺める。
「おい、物を食うなとウエンディが言っていただろうが」
「大丈夫ですって。折角貰ったのに、捨てたら勿体ないじゃないですか」
「チッ……。何でも良いが、今の話を明日全員に伝えろ。俺はもう休む」
「はーい。じゃあ私も部屋に戻ります」
空になった皿を片手に、梔子はあっさり部屋から出て行った。幾ら襲って来る可能性が低いとはいえ、よくも化け物に囲まれているこの状態でふらふらと出歩けるものだ。
***
翌朝。朝食を摂る為に割り当てられた部屋にて、梔子は昨日シキザキにした話を再度話した。
腕を組んで聞いていたウエンディが小さく頷く。
「概要は理解した。だが、どうする? 神魔は既に召喚されているという事だろう」
「そうですね。兎の軍勢は飼育者とセットです。2種類の眷属を喚び出せている時点で、親である神魔がこの場に居るのは確かでしょう」
成る程、とトウキンが薄ら笑みを浮かべ足を組み直す。彼は存外あっさりと言い切った。
「であれば、我々の任務は終了ですね。神魔を返還する方法はありません。町の現状をノーマン殿に伝えましょう」
そういえば、返還する方法は無いと最初にも言っていた気がする。召喚途中であれば、使っている魔方陣を破壊すればそれで終わりだったが、召喚後、自立行動を始めてしまえばこちら側で出来る事は何も無い。
それに思い至ると同時、梔子は設定画集を取り出した。
「それなんですけど、私の画集に強制送還する為の魔法が1つだけ記載されています。エビメロは他の神魔と比べて非常に強い訳ではないので、試してみるのはどうでしょうか」
ううん、とオーレリアが難しそうな顔をする。
「それはどういった物なのかしら。神魔を送還出来るのならばそれにこしたことは無いけれど、残念な事にアタシ達の優先はアナタなのよ、梔子。非常に危険な目に遭うのであれば、させる訳にはいかないわ」
「少しだけ時間は掛かりますが、試してみる価値はあると思いますよ」
「そう? ……んー、ウエンディの判断に任せるわ」
この魔法もまた、設定画集の中に最初からあった魔法だ。今まで使ってきた魔法とは違い、長々とした呪文のようなものがある。読み上げるのには3分くらい掛かりそうだ。
唐突に丸投げされたウエンディは一瞬だけ考え、ややあって決断を下した。
「本当に可能であれば、試してみる価値はあるだろう。まずはこの朝食を摂り、その後で行動を開始しようか」
「分かったわ。梔子、アナタの事はアタシ達がちゃんと面倒を見るから安心してちょうだい」
「ありがとうございます」
話がまとまったのを感じ、梔子はやや冷め始めたスープをスプーンで掬った。