3話 繁栄する町

04.調査結果


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 宿の食堂はかなりすいていた。というか、泊まり客は多分自分達しかいないのだろうな、と梔子は心中で呟く。
 事務的な会話以外の無い息苦しい食卓。それをものともせず、もりもりと夕食を摂っていた梔子にオーレリアが話し掛けてきた。

「それじゃあ、アタシ達も今日あった事を報告しようかしら」
「オーレリア。何か分かったと、さっきの資料庫で言っていたが……」

 それなんですけど、と口火を切る。

「私、聞き込み調査をするって聞いていたんで、道行く人々にランダムで言葉を変えつつ同じ事を聞いたんですよ。ニュアンスとかをちょっとだけ弄って」
「なかなか手慣れているな、梔子」
「そうですね。趣味、と言うのかもしれません。結果的に言えば、みんながみんな『平和だし不審者も見掛けなかった』って、そう答えたんですよ」
「ああ。それで? 君の考察を聞きたい」
「ええ。結構無礼な聞き方をしたりして、怒られたって文句は言えない事を言ってみたりした訳です。でも、結果は一緒だった。これはつまり、そう答えるように誰かから指示を出された、模範解答ではないかと推測します」

 ――というか、恐らくそうだ。
 一言一句、とまではいかなかったが町の人々は皆、違う聞き方をしたにも関わらず何故か平和で不審者はいない事を頻りにアピールしてきた。慌てた様子は無い。指示をされた様子でも無い。
 予期しない質問をされて、淡々と噛み合っていない答えを吐き出す様は見ていて不気味だった。とにかく「平和で不審者を見掛けていない」、ことを全面に押し出した回答。
 これもう、多様性を持つ人間の成せる業ではない。かなり時間を掛けて仕組めば出来うる可能性はあるが、あの人数の町人に同じ答えをすり込みするのは普通に不可能だ。

 ただ、自分自身の目線には一つの不自然的なレンズが嵌っている。設定画集の化け物が実在する事を知ってしまっているので、全てが画集の中の怪物達がやらかした事ではないかという疑いのレンズを外せずにいるのだ。
 そのレンズを通して見た答えが、果たして正しいのかは分からない。
 が、そんな意見に対し意外な人物が賛同する。

「小娘が言っている事は間違ってはいない。接点の無さそうなヒューマン共が一様に同じ答えを口走ったのは事実だ」
「あらシキザキ。アナタ、意外と真面目に仕事していたのね」
「やかましいわ」

 オーレリアのにやついた顔に対し、シキザキこと鬼さんが舌打ちした。同時に、素早く話題を変える。

「偉そうに話だけを聞いているようだが、資料とやらは見つかったのか? まさか貴様等、こちらが働いている間に遊んでいたのではあるまいな」

 ありませんでしたね、と挑発めいたシキザキの言葉に低い温度で返事をするトウキン。煽られているだろうに、意に介した様子は欠片も無い。大人の余裕にも似たそれは、更にシキザキの神経を逆撫でする。

「ハァ?」
「ですから、特に何も。歴史も浅い町ですし、当然と言えば当然ですがね」

 主にシキザキの方が喧嘩に発展しかねないピリピリとしたムードを察したウエンディがさっと遮る。

「一先ず、町全体の様子がおかしい事はよく分かった。宿を取りはしたが、熟睡はしないでくれ。危険だ。何かあれば、すぐに皆をたたき起こす事。住人から渡された物は出来うる限り口にしないこと。これらを守って調査を進めよう」
「今回は長丁場になりそうですね。尤も、それはあちら側の動き次第、という事になりますが」

 何が楽しいのか、クツクツとトウキンが笑う。彼の笑いの壺はよく分からない。それを尻目に、梔子はウエンディに尋ねた。

「えーっと、この後は自由行動って事で良いですか?」
「そうなるが……。何か予定でもあるのか? 君はか弱いから、あまり一人にしたくないのだけれど」
「うーん、どうなんでしょう」
「何でも良いが、宿の外に出るなら誰かに声を掛けて出てくれ」
「分かりました」

 沈黙の夕食を終え、梔子は席を立った。少しだけ調べたい事がある。しかし、今はまだ駄目だ。夜中に動きたいので、先に仮眠を取ろう。