02.町の様子
もうすぐ着く、とは言われたが車は走り続けている。
見えては成る程小さな町だった。現代日本の〜町と名の付く住所ですら、この範囲に比べれば大きいだろう。遠くに見える大都市も相俟って、余計に小さな町に感じられる。
しかも、人影が見当たらないように見えるが。全滅しているのでは。
「おや、とても神魔がおわします空間とは思えないですねえ。ウエンディさん、任務の詳細は?」
それまでずっと黙っていたトウキンが目を細めて訊ねた。質問を受けたウエンディは淡々と問いに応じる。
「町から逃げて来た一家の言い分によると、皆の様子がおかしいそうだ」
「と、言うと?」
「知らない隣人が我が物顔で町を歩いていたり――そうだな、住人がすり替っているようだ、とそう言っていたと聞いている。異変が起こる前に、空が紫色に輝いたそうだ」
――そういう演出する神魔って多すぎて、それだけじゃ特定出来ないな。
記憶が正しければ、神魔の3割は派手な演出を好む。空が紫色、だなんて最悪どの神魔にだって可能な芸当だ。それだけで特定には至れない。
ただし、ヒントの中でかなり引っ掛かる話がある。
人間のすり替りだ。心当たりが片手分くらいにはあるが、それでも紫色の空演出よりずっと絞り込める。
問題は知らない人間が増えているのか、成り代わっているのか。この2つの違いは大きいが、どちらの事象であるかは余所者の自分達には判断しかねるだろう。
「何か思い付きましたか?」
トウキンの問いで我に返る。質問の意味を脳内で反芻し、首を横に振った。
「いえ。情報が少ないので、まだ特定は出来ませんね。ただ、個人的な予想としては……ウィーナーティオーか、エビメロかもしれないなとは思っていますけど」
「それは何故でしょうか?」
「人型になれたり、人の形に近い眷属を比較的多く従えているからです」
おい、とシキザキが低い声で唸る。
「雑談も良いがな、着いたようだぞ」
「あっ、ホントだ」
車が雑な勢いのまま、停まった。
***
運転手は車の番をし、それ以外のメンバーは町へと降り立つ。
町の様子は至ってシンプルだった。人々が行き交い、通常の生活を送っている。ただ、車内から見た時は人の姿など無さそうだったのに、意外と多くの人々が過ぎ去って行くのが分かる。
そして、形の無い違和感。これは多分、並んでいる出店だ。バザールのような形式になっているので、丈夫な屋根の下で売買が行われている訳では無い。ただ、売買形式ではなくもっと注意深く見ないと分からない不自然さが――
「食糧を買える店が無いな」
違和感の正体をあっさり突き止めたのはウエンディだ。腰に手を当て、眉根を寄せている。
「ここは記録上、ヒューマンが多く生活している区域ね。食糧が要らないのは基本的に精霊系だけだから、食糧を買う事が出来ないのでは生活が成り立たないわ」
オーレリアがすかさず補足説明を加える。そこまで言われてしまえば、この町の全容が見えてくるというものだ。更に脳内の犯人神魔候補を絞る。
このフラリス財団に所属している彼等が神魔をどうしたいのかはハッキリしないが、もし対抗する気であるのならば、神魔の絞り込みは最重要なファクターとなる。自分が設定したあのカミサマ達は皆が皆、それぞれの特色を持つからだ。
それに、とトウキンが虚空を見上げて唇の端を僅かに釣り上げた。
「空気中に満ちる魔力も異常な濃度ですね」
「成る程な。これは無駄足か? 既に何か喚び出された後のようだがな。ったく、つまらん事だ」
「馬鹿を言うな、シキザキ。私達には神魔が召喚されていたとしても、調査義務がある。そう簡単には帰れないよ」
ウエンディの言葉にシキザキが吐き捨てるような声で「分かっている」、とそう応じる。結局、どういう動きをすればいいのか具体的な指示が無いので堪らず梔子は口を挟んだ。
「えっと? それで私達は何をすればいいんですか?」
「割と急ぐな、小娘」
「時間は有限ですから」
「全くだな」
ウエンディが町の様子を観察しながら問い掛けに答えてくれた。
「当初の予定通り、聞き込みと資料調査をまず始める。単独行動は禁止だ。資料を探るメンバーと、聞き込みをするメンバーに分けよう」
「おや、でしたら吾とウエンディさんが資料調査へ。残りは聞き込みで問題ないでしょうな」
あっさりこれからの事を決めたトウキンは目を細めており、その心の内は謎に包まれている。ただ、彼が他人に聞き込みを行う様子など想像も出来ないので順当な組み分けとも言えるが。
しかし、一つ心配な事がある。
「鬼さん大丈夫? 知らない人に話し掛けられる? 聞き込みするみたいですけど」
「貴様、喧嘩を売っているのか」
あわや喧嘩になりかけたが、まるで意に介した様子も、今までのやり取りも無かったかのようにトウキンが追加の注文をする。
「今夜泊まる宿も取っておいてください」
「トウキン、アナタ本当に人使いが荒いわね」
「頼みましたよ、オーレリアさん」
はあ、とオーレリアが溜息を吐いた。