01.移動中の会話
軽トラに似た乗り物が巻き上げる砂埃を、梔子はぼんやりと眺めていた。この車のような移動手段はあまりにも開放的過ぎる。屋根が無いので、既に全身が巻き上がった砂でざらざらだ。
運転手は全く知らない人、景色も知らない場所。これがドナドナされる子牛の気分と言う奴か。
現実逃避をしながらも、何故現状に落ち着いているのかに思いを馳せる。
それは昨日の話だ。町が壊滅してるレベルでヤバい案件が入って来たらしく、まだ所属しているのかしていないのかも曖昧な梔子まで仕事へ駆り出された。
本日のメンバーは梔子自身とウエンディ、オーレリア。そしてシキザキにトウキンと言う自己紹介時に居たメンバーだ。
「どこに向かってるんですか、これ?」
車に乗っておよそ2時間。同じような景色ばかりを見るのに飽きた梔子は、斜め前に座っているお姉様方に訊ねた。対し、ウエンディが淡々と応じる。
「今は魔道都市と中央都市の間にある、名前も無い小さな町へと向かっている」
「へえ、町に向かってるんですね。この乗り物」
「ええ、そうよ梔子。そうねえ、あと1時間もすれば着くんじゃないかしら」
待ち時間に飽き飽きしている事を読み取られてしまったのか、ウインクをしたオーレリアに待ち時間の案内をされてしまった。
再びウエンディが言う。
「そんなに暇なら、仕事の説明をしよう。着いてからの方が忘れないと思ったが、空き時間を利用するのも一つの手だ」
「あー、お願いします。重要そうな事はちゃんと覚えておきますから」
「ああ、期待している。今回は既に神魔が召喚されている可能性が大いにある任務だ」
――それはもう終わっているのでは?
大半の神魔を設定したのだが、召喚が終わった後、つまり現界した後に関しては手の付けようが無い強さに設定してある。如何に彼女等が人外の存在であろうと、殺せない造りになっているのだから手の施しようが無いと思うのだが。
そう思っていたのを悟られたのか、ウエンディは首を横に振った。
「理想としては、神魔を召喚しようとしている術士達を止める方法だ」
「理想から外れた場合は?」
「手の施しようが無ければ撤退になる」
「え、じゃあつまり、町に居る神魔はそのままって事ですか?」
「残念だが」
それは賢明な判断と言える。最も正しい手法だろう。人道的な話を無視すれば。
「その放置している神魔はどうするんですか? まさか、そのまま?」
「我々でどうしようも無ければ、サポーターが辺り一帯を封鎖し、人が入れないようにはするだろうな。ただ、そこまで行けば私達の任務では無くなるが」
「還す方法とか、無いんですか?」
「そうだな。術士達が神魔の手綱を握っている状態であれば、止められるが……。術士の手から放れてしまった後に関しては方法が無い」
「召喚されて、自立行動を始めた後ですね」
驚くべき事に、今ウエンディが語った内容は最初から設定画集にある設定そのままだ。この画集が凄いのか、それとも別の壮大な何かの力なのか。真相の程は不明である。
ただ、そこまで設定画集の設定に沿っているのであれば、思い付く方法があるのも事実だ。
「自信はありませんが、画集の中に神魔を強制送還する魔法とか、確かあったはずです」
「何?」
「まあ、この呪文をぺっぺれー、と唱えたところでお帰り頂けるかは保証できませんけれど」
それまで黙っていた鬼さん事シキザキが、鼻で笑う。
「ハッ! それが出来れば苦労は要らんわ」
「何か苦労されてるんですか?」
問い掛けに返事は無かったが、食いつきの良さから見て彼にも何か腑に落ちない過去の出来事があるのだろう。あの素直になれないところが、高校時代によく相談をしてきたクラスメイトだの何だのに、よく似ている。
先程のウエンディの説明を引き継ぐ形で、オーレリアが口を開く。
「着いてまず始める事は情報収集ね。神魔に関しては土着信仰の可能性もあるのよ。そうであった場合は、資料が一番の鍵。何事も調べ込みからね」
「探偵みたいで楽しそうですね」
「あら、聞き込みとか好きなのかしら? うふふ、なら梔子ちゃんにはもってこいのお仕事かもしれないわね」
聞き込み事態は好きではないが、聞き込みを行った上での真実への摺り合わせは好きだ。パズルを解いたり、難問を解いたり、何事かを『解く』のが好きなのだと自己解釈している。
不意に、ずっと黙っていた運転手がこちらへ聞こえるように警告を発した。
「もうすぐ着きますよ、皆さん」