2話 フラリス財団の愉快な仲間達

07.模擬戦・中


 目を細め、急に乱入して来たシキザキに固い声で抗議する。

「邪魔だ。シキザキ、お前は後輩の育成に向いていない。少し待っていてくれ」
「興が乗った。次は俺に変われ」
「私の話を聞いていたのか?」

 面倒臭い事になってきた。ちら、と教育係のトウキンを顧みる。彼は何を考えているか分からない笑みを浮かべた後、信じがたい判断を下した。

「良いんじゃないですか。シキザキのやる気や興味は珍しい。この後の展開、実に興味深いですね」
「いやアホか。梔子はただのヒューマン。私達と違って傷の治りは遅いし、身体能力は遅い。それを戦闘狂の鬼人などと手合わせさせるつもりか」
「言うではないか、ウエンディ。誰が戦闘狂だ」

 埒があかない。今度は梔子の意見を仰ごうと、戦闘ド素人ヒューマンに視線を送る。前回、神社の件でシキザキの喧嘩っ早さを目の当たりにしているはずだ。命が大事なら、チェンジを申し出るはず――

 最も被害を受ける立場であるはずの梔子は信じられない事にやる気満々だった。右手の拳を握り締め「やってやる!」、とノリノリである。これが若さか。
 呆気にとられていると、鋼のメンタリティを見せ付けてくる梔子。あろうことか、シキザキを刺激し始めた。

「どうです? 結構私、使えるでしょう!!」
「ハッ、小娘風情が。現実はそう甘くは無いぞ」

 それなりに長い付き合いの同僚、シキザキについて考察する。
 彼は恐らく、梔子へ稽古を付けるつもりで名乗りを上げた訳では無いだろう。どちらかと言うと、調子に乗ったヒューマンの小娘をからかおうとしているに違いない。
 手加減を知らない鬼人をヒューマンにぶつけるのは大変危険だ。少々じゃれついたくらいで、どこぞの骨が折れたり、関節が外れてしまいかねない。ヒューマンとは数こそ多けれど脆い生き物なのだ。

 どうすべきか考えている間にも、目の前の光景は悪い方向へと進んで行く。

「鬼さん、よろしくお願いします!」
「調子に乗るのが得意のようだな、小娘。身の程というものを教えてやろう」

 唯一の救いは恐ろしい恐喝文句を吐き出したシキザキが持っている得物が、木刀である事だけだ。武器を変える事だけが手加減とは言わないが、故意に梔子を殺害するつもりは無いようで少しだけ安堵する。

 気に入らなさそうに鼻を鳴らすシキザキ。どうすべきか考えていると、それまで黙っていたオーレリアが寄って来た。

「ウエンディ。このままじゃ多分、シキザキも引き下がらないわね。と言うより、アタシ達が言えば言う程意地になるわよ」
「じゃあ、どうする」
「梔子ちゃんに怪我をさせそうになったら、2人掛かりで止めるしか無いわね」
「……まあ、そうなるな」

 トウキンは汗臭いのを嫌うので期待出来ない。起こって欲しくは無いが、何か起きた場合には自分とオーレリアで止める他無いだろう。

 そう決意を固めた、まさにその瞬間。
 合図も何も無く、先にシキザキが動いた。素人相手にフェイントを交えた動きで、油断なく詰め寄る。手を抜くって事を知らないのか。

 対し、驚いたように目を丸くした梔子は誘いに乗った。隙を誘われている事にも多分気付いて居ないのだろう。無意識か、はたまた反射か。先程、ウエンディその人に放ったのと同じ魔法を咄嗟に口にする。
 腕を引っ掻いた刃物のような魔法、『グラディウス』。客観的に見て、やはり不可視の刃を形成する魔法なのだろう。見えていないはずだが、シキザキの反応は淡泊だった。

「それはさっき見た。芸の無い奴よ」

 冷静に、無駄なく回避。さっき見た、とそうは言ったが威力の程については判断出来なかったようだ。強度の低い木刀で魔法を触らないように、するりと全ての飛来魔法を回避する。

「トウキンさんが、鬼さんは戦闘において非常に優秀だとさっき教えてくれました」
「……?」
「イムプルスス!」

 言葉の意味はすぐに理解できた。
 さっきの『グラディウス』でシキザキの逃げ場を限定、更に絞り込み、ピンポイントで初見の魔法を撃ち込んだ。淡く黒い色の付いた波状攻撃、術者から水紋のように広がる範囲型の魔法。
 ――恐らく梔子は、シキザキが一度見た攻撃を次の手で看破してくる事を理解していたのだろう。
 体勢を崩していたシキザキが舌打ちして、その衝撃波に似た魔法を木刀で叩き割る。

 一部始終を見ていたオーレリアが引き攣った笑い声を上げた。

「ちょっと、ガチ過ぎじゃないかしら……?」
「戦闘に関しては全くド素人だが、頭の回転が速い。物覚えも良いな。今まで集めた情報を、忘れる事無く組み立てる事が出来ている」
「評価している場合じゃ無いわよ、ウエンディ」

 ただこのままでは、梔子の方がシキザキに怪我をさせてしまいかねない。相手が上位者である事を前提に動く彼女には容赦が無い。ひょっとすると、先程まで自分とやり合っていた時以上に遠慮が無くなっているかもしれない。