2話 フラリス財団の愉快な仲間達

06.模擬戦・上


 ***

 ノーマンから世話係を任されているトウキンと、戦闘ド素人の梔子が打ち合わせしている様子をウエンディは黙って眺めていた。2人が密やかに話す様を邪魔してはいけないと思ったからだ。
 それに、待たされているシキザキが延々と苛々している。このままでは急に癇癪を起こしかねず、目が離せない。

 とはいえ、設定画集の中身を理解出来るのは梔子のみ。時折、彼女の方がトウキンに何事かを教えながらも打ち合わせは進む。
 数分後、一度だけ大きく頷いたトウキンがこちらへ向き直った。考えの読めない薄ら笑みを浮かべている。

「いきなりシキザキとぶつけるのも自殺行為ですので、最初はウエンディさんに、相手をして頂きましょうか。彼女はきちんと加減というものを心得ておりますので」
「了解です、トウキンさん」
「まあ、精霊は魔法抵抗力も強い事ですし、ド素人の使う魔法如きで、まさか負傷したりはしないはずです」

 ――当然の選択だろうな。
 来るとは思っていたので、鍛錬場の壁に背を預けていたウエンディはゆるりと前に出た。要は、戦闘が如何なるものかを梔子へ伝えれば良いのだ。加減するのは得意、細かい作業はなお得意である。まさか彼女に怪我をさせる事は無いだろう。

 何事かを梔子に囁いたトウキンがそそくさとその場から離脱する。広い鍛錬場、その真ん中に取り残された梔子は意外にもノリノリだ。珍しい事、新しい事に前向きらしい。そんな彼女は設定画集を魔道書のように構えていた。
 使用するページは開かれているが、難解な文字によって何が書かれているのかは分かりかねる。

 ――やる気を損なわないように相手をしてやる必要があるな。
 折角のやる気を殺してしまわないように、その配慮から必要な武器は揃えなかった。素人相手に魔法補助具を使うなど大人げない。
 ともあれ、まずは出方を窺うとしよう。

「よし、よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」

 元気よくそう言った梔子が右手で設定画集を支え、左手の平をこちらへ向けた。と言うより、格好だけ魔道士の真似をしている小さな子供のようでやや微笑ましい。大仰に手を構えたまま、梔子は短すぎる文言をその口から吐き出した。

「――グラディウス!」
「これは……」

 そんな巫山戯た短い呪文があるか。そう言いかけたが、考えを瞬時に改めた。
 梔子がそう口走ったと同時、この短い文言からは想像も出来ない魔力量を肌で感じたからだ。しかも発動が早い。

 慌てて防御魔法を使おうとしたが、魔法の形成される速度が可笑しい。すぐに無駄だと悟り、転がるようにして真横に回避した。
 不可視の刃のような物が、僅かに左腕を掠る。
 回避した後、床についた傷を見てウエンディは目を眇めた。まるで、床に剣先を叩き付けたかのような傷跡と、抜き身の刃物をそのまま水平に投げつけて床を引っ掻いたような跡。

「えっ、すいませんウエンディさん、大丈夫ですか?」
「心配は要らない」

 返事はしたものの、頭の中では不可思議な魔法で一杯だった。魔力の放出量も、とても魔法を使った事が無いヒューマンのそれではなかった。控え目に言っても、人間業ではない。
 記載されている術式がオーパーツのような出来なのか、それとも梔子の方に秘密があるのか。今すぐに解明したいが、今は後輩の育成が先だ。

 無理矢理、探究心に蓋をする。それと同時に、完全に舐めきって張っていなかった防御魔法を使用した。目の前に薄い半透明ドーム状の壁が形成される。

 それを見ていたトウキンが梔子へ要らないアドバイスを口にした。

「攻撃の手は緩めなくてよろしいですよ、梔子さん。見ての通り、防御魔法を使用頂けるそうですので」

 ――だからコイツは嫌いなんだ……。
 面白がっている体の龍人に対し、シルフは舌打ちで以て返した。

「再開します!」

 手を抜くのが失礼だと思ったのか、気を取り直したようにそう宣言した梔子に視線を移す。意外と侮れない力を持っているようだ。舐めて掛かると怪我をさせられる。
 先程より自信を持ったように、今度は別の文言を口にした。

「グランス!」
「変わった魔法だ。後で是非とも内容について教えて欲しい」

 防御魔法で受けた感触が歪。散弾のように、何度か衝撃が来たが、魔法で受けた時の衝撃と物理的な攻撃を受けた時の衝撃が混在していたように感じる。あくまで感覚の話なので、全く別の何かである可能性もあるが。
 ドーム状の防御魔法にピシリ、とヒビが入る。魔法で形成される防御壁と言うのは、往々にして物理攻撃に弱いものだ。今の魔法は、魔法でありながら物理的な衝撃を撃ち出す類いのものだったのかもしれない。

 攻撃面はなかなかにユニークだ。では――防御面はどうだろうか。
 後衛職の命綱は、敵に接近された際、どうやって凌ぐかに関わってくる。後衛でぬくぬくと過ごして来た魔道士は前戦が崩壊すると脆いが、果たして彼女はどうだろうか。
 そもそも、防御魔法は持っているのだろうか。それを確かめるべく、ウエンディは次の行動を宣言した。

「魔法を撃つ」
「えっ、あ、スクートゥム!」

 一瞬迷ったものの、それなりにすぐ対応してきた。発動を確認した上で、ウエンディが弱魔法を放つ。風を巻き上げる魔法だったが、難なく凌がれた。
 ――詠唱が短く、即発動は強みだな。

「次は――」
「退け」

 何をしでかすか分からないシキザキがふらりと割り込んできた。