04.捜し人の行方
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――トウキンが見つからない……。
ウエンディはその事実にぐったりと溜息を吐いた。こんな事をしている場合ではないし、あまりにも奴が見つからないので宿舎内はほぼ全て歩き回ってしまった。
まさかとは思うが、休みでもないのに外出しているのだろうか。冗談では無いが、あのマイペースさならばあり得る。
「それにしても、ホント居ないわねぇ。どこに行っちゃったのかしら?」
「オーレリアさん、そのトウキンさんって人はいつもどうしているんですか?」
梔子とオーレリアが暢気に会話をしているのを聞きつつ、トウキンの日頃の動向に思いを馳せる。
「そうねえ、仕事が無い時間は大抵部屋とかにいるかしら。書庫で見掛ける事もあるわね。用がない限りは立ち入らないのだけれど」
「どっちももう見ましたね」
2人に不満の色は無い。どうしたんだろう、とその程度だ。気性が穏やかな人物達で安堵する。
「ねえ、ウエンディ。もう先にシキザキの用事を終わらせたら? あの子は鍛錬場に居るはずよ」
「それもそうだな。行こう、梔子。多分、君が足を運んでいないのは鍛錬場だけだ」
正直、仕事が入らない限り一点から動かないシキザキは最後にしたかったが仕方無い。それに、彼と長話になる事はないだろう。一度、終わらせられる用事を終わらせてしまった方が良い。
無理矢理納得させ、ウエンディは鍛錬場へと足を向けた。
***
結果的に言えば。
鍛錬場に目当てのシキザキと、そして散々見つからなかったトウキンその人も一緒に居た。明日は槍でも降るのかもしれない。面倒事を掛けられた苛立ちを誤魔化すようにそう考える。
苛立ちを溜息と共に肺から押し出し、ウエンディは自然と手を止めた2人の視線を受け止める。
「用事がある」
それを知っていたのだろうか。非常に何か言いたげなシキザキがジト目でトウキンを見やった。その視線をものともしないトウキンは胡散臭いにこやかな顔をしている。
「ええ、先にノーマン殿にお会い致しました。吾等を捜していたそうですね」
――なら何故分かりやすい場所にいない!!
シキザキの視線の意味を理解した。一方で、その鍛錬場を独占している鬼はおい、と神経質に声を荒げる。
「何でも良い。邪魔だ、さっさと用事を済ませろ」
「分かっている。まず、お前への用事だが――」
手短にウエンディは事の詳細を伝えた。シキザキはそもそも神社に居たメンバーなので、口封じ命令を伝えるだけである。
話を聞いた傲慢な鬼は失笑を漏らす。不満があると言うより、どうせそんな事したって無駄だぞ、というニュアンスを孕んでいる。
「こんな小娘に何が出来る。連れて行っても足手纏いだな、貴様等で面倒を見ろよ」
「何でそんな事言うのさ! まあ、私、ちゃんと役に立ちますけどね!」
軽いノリで抗議する梔子に目を剥く。彼女は命が惜しく無いのだろうか。残念な事に、これまでの立ち振る舞いを見ていても彼女は全く戦闘の素人。あの鬼がその気になれば、赤子の手を捻るより簡単に縊り殺されてしまう事だろう。
案の定、気に入らないと言うようにシキザキの目が細められる。そして、何事か口を開き掛けた瞬間を見計らったかのようにトウキンが横槍を入れた。
「初めまして、梔子さん。予想よりずっと逞しいお嬢さんのようで」
「初めまして。あなたが居ないんで、とても歩き回りました。宿舎の構造はほぼ完璧に理解しましたよ」
「それは……。申し訳ございませんでした」
「何だかあなたにも角がありますね」
見慣れた光景過ぎて失念していたが、どうやら梔子にとっては角だの何だのの付属品が珍しいようだ。ウエンディもまた、特に意識した事の無かった同僚の姿を視界に入れる。
黒い長髪を細く三つ編みにし、頭からは枝分かれした龍人の角が立派に生え揃っている。若々しい外見とは裏腹な老獪さがある人物だ。御年千歳を越えただの何だのと聞いているが、真偽の程は不明。
「おや、角が珍しいのですか。吾にとってみれば、君のような無知な人の子の方が余程珍しいのですがね」
「ふうん。トウキンさんも鬼系って事ですか?」
「否、シキザキは鬼ですが、吾は龍人なので種族が違います」
「種族?」
――そこから分かっていなかったのか。
と言うことは、梔子は人間には無いパーツのあるシキザキやトウキンはヒューマンでない事を理解しているが、自分やオーレリアなどの見た目が人であるそれは同じヒューマンと思っている可能性がある。
そしてその予想は見事に的中した。若いヒューマンとの会話を楽しんでいる翁は面白半分で彼女へ新しい知識を与える。
「ええ。ウエンディさんは精霊・シルフですし、オーレリアさんはヴァンパイア。言わずともがな、シキザキは鬼人です。ノーマン殿は……まあ、彼はヒューマンという事にしておきましょうか」
「へえ! 人間は私だけって事ですね!」
もっと恐れ戦くかに思われたが、梔子は楽しげだ。