2話 フラリス財団の愉快な仲間達

03.同僚予定の方々


 ***

 ノーマンと別れ、ウエンディと建物内の散策を開始する。結構、未来的というか現実チックな建物と言えるだろう。寝泊まりに隙間風の心配をしなくて良さそうな、しっかりとした建造物だ。
 不意にウエンディが口を開く。口調こそ淡々としているが、喋る速度は梔子に合わせられているようで、何となくほっこりした。

「今歩いているこの場所だが、対策室SSクラスの宿舎だ。この範囲内で会う者には、君の事は前もって説明している……と、思う」
「へえ! じゃあ、ここで会う人達が私の同僚って事ですね」
「まあ、そうなるが……。随分と前向きだな」
「人と仲良くなるの、得意なんです」

 その言葉に嘘偽りは無い。事実、高校ではたくさんの友人を作ったし、彼等彼女等の悩み事を解決するのに一役買っていたりもした。それに、顔と名前を覚えるのは比較的得意な方だ。
 と言うわけで、人間関係を築くのは得手である。対峙している相手が出来る限り友好的に接するような人間であれば尚更。だから、クラス替えだって恐くはなかったし、卒業からの入学だって何も恐い事はなかった。

「――そうか。君のコミュニケーション能力の高さには期待している。何せ、SSクラスに招聘される者というのは総じて個性的だ。私は出来る限り、深入りしないように努めているよ」
「それは楽しみです。色んな友達が出来るって事でしょう?」
「私は既に、君の事が結構好きだよ。周囲には居ない、善良なヒューマンだ」

 話は変わるが、とウエンディは虚空を見つめる。気が遠くなるような話を振ってきそうな予感。

「SSクラスと言うのは戦闘をしない者もいるが、それでも自衛が出来る団員が殆どだ。君は私達の中でも異質な存在という事になる」
「そりゃそうですよね……。私、武器なんて持った事もないのに」
「平和な世の中だという事さ。胸を張ると良い」

 カツン、という高いヒールが床と触れ合う音で顔を上げる。これは革のブーツを履いているウエンディの足音でもなければ、自分の足音でもない。噂のSSクラス団員だろう。そう当りを付け、彼女を視界に入れる。
 何事も挨拶が大事だ、と一先ず梔子は一般的な礼儀作法を口にした。

「こんにちは!」

 少し面食らった顔をした彼女はややあって気さくな笑みを返してくれる。

「あら、こんにちは。見ない顔じゃない。新入りかしら?」

 ここに来て初めて彼女をまじまじと観察する。
 軽くウェイブの掛かった金色の長髪。ブラッドレッドの双眸。モデルのような体型。見る者をことごとく魅了する美貌の持ち主だ。その完璧な造形は一種の芸術品。

「オーレリア。彼女は――」

 すかさずウエンディが説明を始めた。一通りの事情を聞き終えた美女は優美に頷く。

「そう、分かったわ。梔子ちゃん、初めまして。アタシはオーレリア。何か困った事でもあったら、何でもお姉さんに言いなさい。他の連中は短気なところがあるから」
「どうも、神薙梔子です。頼りにさせて貰います!」
「あらあら、若くて良い子じゃない。それで、ウエンディ。アナタ達はお散歩しているんでしょう? アタシも同行しようかしら。暇なのよ」

 ウエンディが頷いたのを見て、オーレリアは妖艶な笑みを浮かべる。いちいち表情や仕草が様になる人物だ。
 が、ここで彼女は有力な情報を提供してくれた。

「挨拶回りも兼ねているのだったわね。そういえば、今日は朝からトウキンを見たわ」
「トウキンか……。最初に会わせたいメンバーじゃないな。そうだ、シキザキは? 奴には伝言がある」
「シキザキは見てないわね。でも、居るのなら地下の鍛錬場じゃないかしら」
「そうか……。まあいい、行こうか梔子。挨拶回りの続きだ」

 はい、返事をした梔子は先導するウエンディの隣に並んだ。

 ***

 地下、鍛錬場にて。
 シキザキは木刀を片手に、投影機によって映し出されたSクラスメンバーの虚像と模擬戦に勤しんでいた。とはいえ、もうこれは7戦目。SSクラスの投影は技術的な問題で不可だった為、Sクラスで妥協したが手応えも無ければ歯応えも無い。

 最後に立っていた名前も知らない誰かの虚像を薙ぎ倒したところで、続けても無駄だという考えに至り、装置のスイッチを切る。後でノーマンにこの機械が如何に使い道の無いものであったかを説明しなければ。

「……チッ」

 ――つまらんな。次の任務はいつだ?
 磨いだ刃も使い道が無ければ不要の長物。この間、縁日のような舞台の騒動も規模こそ大きかったがフラストレーションだけが延々と堪り続ける面倒な厄介事だった。
 つまり、任務とはいえ下らない事で遠出させられるのは面倒。誰でも良いから神魔なり何なり召喚してはくれないだろうか。退屈で死ぬ。

「――お邪魔します」

 穏やかで殺伐とした男の声にシキザキは入り口を振り返った。すぐに誰であるかを理解し、隠しもしない盛大な溜息を吐き出す。

「貴様か、トウキン。何の用だ」
「ええ、先程、ノーマン殿の所へお邪魔しておりまして。何でも新人とやらに挨拶をしなければならないそうですね」
「……見ての通りだ。あの小娘ならば、ここにはおらんぞ」
「別の用事も仰せつかっておりまして。そういえば、貴方にもウエンディさんが伝言を持ってくると言っていましたよ」

 眉間に皺を寄せたシキザキは更に舌打ちした。

「さっきも言っただろうが。小娘共は居ない。余所を当たれ」
「二度手間になりたくないので。ここで待たせて頂こうかと」

 ――だからコイツは嫌いなんだ。
 トウキン単体を捜しているのであれば、鍛錬場はまず覗かないだろう。彼がここに来るのは今日のような鍛錬以外の用事がある時だけだ。
 であれば、ウエンディが先にトウキンを捜すつもりであった場合、ここへは足を向けない。そして、ここにシキザキが居る事は織り込み済みなのだから、必然的に後回しになる場所が鍛錬場だ。
 それを分からない程、トウキンは間抜けではない。彼女等があくせく捜し回っても何とも思わないのだ。
 思考を遮るように、トウキンが訊ねてくる。

「どうです? 新人さんとやらは、どのような方でしょうか?」
「ふん、貧弱そうな小娘だったぞ。世の中の苦労を一切知らぬような、気に障るどこぞのお嬢様だ」
「おや、そうですか。しかしまあ、貴方は誰にでもそれを言いますからね。全く宛にはしないようにしますよ」

 ――ならば最初から聞くな!!