2話 フラリス財団の愉快な仲間達

02.所属理由


 そして、先程から2人が口にしているアルファベットのクラス。これもSSクラスが最もハイスペックな集団となっている。クラスについてはあまり深く聞かなかったが、それでも簡単に理解出来た。

「――それって、私がSSクラスなのは絶対に可笑しいですよね。一般人ですよ、設定画集の事があったとしても。それに、私がそのフラリス財団の実動部隊に居て役に立つかと言われれば立たないかと思われます」
「え、では所属しないのですか?」

 何故かきょとんとした顔でノーマンその人にそう尋ねられた。何を言っているんだ、と思ったのは一瞬。そういえば今は宿無し状態だったのだ。放り出されれば、それはそれで困る。
 ので、梔子は早々に今し方の発言をやんわりしたものへと訂正した。

「所属しない訳では無く、私が居ても役立ちはしないと言っているんです。いやだって、刃物なんて包丁くらいしか持った事の無い一般人ですよ、私」
「構いませんよ。それは既に織り込み済みです」

 ――ノーマンさんなりに、何か深い考えでもあるのかな?
 落ち着きを払った受け答えに淡い期待が芽生える。危険な事をせずとも、衣食住を確保した上で、この設定画集を活かせるような考えがあるのかもしれない。

 しかし、ここで黙って話の成り行きを見守っていたウエンディが口を開いた。彼女は意外にも梔子の身を案じていたようなので、会話の行く末に不安を覚えたのかもしれない。

「ミスター、良いでしょうか。梔子が対策室のSSクラスというのは、何故なのでしょう? 考えの至らない私にも説明して頂けますか」
「あまり誉められた方法ではありませんが、端的に述べると消去法ですね。研究室へ送る事も勿論考えましたが、あそこで梔子の人道的な扱いは望めません。モルモットのような扱いを受けてしまう事でしょう」
「そうでしょうね」
「そして、彼女の持つカミサマ図鑑。これは非常に有能で、今の所は全て正しい情報で構成されている。そんな書物、他にどこを探したって見つからないでしょう。であれば、今回の神魔騒動の全てを梔子の責任と上のお馬鹿さん達が決めつけかねません。出来る限り、画集の存在は伏せていきたい」

 成る程、とウエンディは強く眉根を寄せた。それは、汚らわしい物を見た時の反応に似ている。

「ヒューマンとは浅ましい生き物ですね。まさか、同族同士で責任の擦り付け合いをする可能性があるとは。であれば、SSクラスとは言え我々の部署が一番安全なのかもしれません」

 ――これはつまり、結局の所、実働部隊の対策室が一番安全という事だろうか?
 現地へ行く仕事が安全というちぐはぐな状態に目眩すら覚える。やはり、どこの場所、国、世界でも人間同士は意味も無く虐げ合うらしい。驚くべき事だ、と何目線か分からない理解を示す。

 今の話を聞いていたのでお分かりでしょうが、とノーマンが梔子の方を見やり、言って聞かせる。

「貴方の画集については、他言無用でお願い致します。限られた人物にのみ相談を許可致しますので、自らの素性は決して明かさないで下さい。他のメンバーがいる時は話をするのもNGです」
「そうですよね、分かりました」

 ところで、とウエンディがやや首を傾げながら訊ねてきた。

「梔子、君は本当に私達と共に仕事に従事するのか? ここまで話が進んでおいて、今更だとも思うが最終的には君がどうしたいのかが一番大事だと私は思う。私は君の口から、やるのかやらないのかをハッキリと聞きたい」

 一つ頷く。
 正直、答えは多分最初から決まっていたのだと思う。こういう重大な事象に関して、道理に照らし合わせて即決してしまうのは昔からの悪い癖だ。

「あ、行く所も無いので謹んでお受けしますよ。この設定画集が誰かの役に立つと言うのなら、きっと活用するべきだと思います」
「君の思考は、ヒューマンとは掛け離れて善意的だな。他人の為に動く事を厭わないタイプなのだろうか」

 訝しげな顔をしたウエンディがじっとこちらを見つめてくる。どことなく浮世離れしたような、静かな輝きを讃える双眸を目の当たりにして、梔子もまた口を噤んだ。如何なる言葉も不要な空間に感じられたのだ。
 ややあって、麗しい彼女はゆったりと頷きのみを返した。

「分かった、もう私からは何も言うまい。何か困った事でもあれば、相談してくれ」

 何て優しい人なのだろうか。見ず知らずの小娘相手にこの丁寧さ。
 謎の感動を覚えていると、今までの一連の出来事など無かったかのように黙っていたノーマンが割って入って来た。

「取り敢えず、現状を知らないメンバーにも説明をしておく必要がありますね。これから私は、こっそり梔子の部屋を確保して来ます。貴方達は、同僚と顔合わせをして来て下さい。とはいえ、今日も今日とてお仕事ですからね。全員はいないはず」
「ミスター。私と梔子で内部を散策する、という事でしょうか」
「ええ。お願いしますよ」

 どうやら今から、同僚との即席顔合わせ会のようだ。