2話 フラリス財団の愉快な仲間達

01.見慣れない会議室


 テスト前の数日。机に齧り付いて勉強に勤しむ光景はよく見られるものだが、人間の身体とは不思議なものでやらなければならない事があればある程、怠けたくなる生き物である。
 例えば、勉強をしながら机に突っ伏して眠ってしまうとか。最悪の目覚めになる事は分かっているのに止められない。

 ――顔に型が付く。そろそろ起きないと風邪引いたら、怒られるな……。
 自らの素行と立場を鑑み、梔子は浮上してきた意識のままに重い目蓋を持ち上げた。今日は何をするのだっただろうか。設定画集の加筆修正? それとも学校の勉強? 誰かから恋愛についての相談を受けていたような気もする。

 慎重にゆっくりと、まずは頭を起こした。

「……は?」

 一瞬で頭が覚醒する。
 ここはどこだろうか。見慣れない照明器具に、やや暗めの明かりが付いている部屋だ。ちょっと見た事の無い家電などが置かれているので断言は出来ないが、部屋の感じからして会議室のような場所だろう。
 座った事も無いふかふかの椅子から勢いよく立ち上がる。

 寝惚けていた頭は、いまや完全に冴え渡り、先程まで近所の神社(?)のような場所に居た事まで鮮明に思い出した。
 ただし、今居るこの場所は神社という神聖な場所では無い。その神社とは何ら関係の無い、会議室風の部屋。

 しかも、あの神社で遭遇したノーマンにウエンディ。そして明らかに人間では無い鬼さん事シキザキの姿まである。
 彼等もまた、梔子が座っていたようにそれぞれ椅子に座っていた。ただし、皆が皆目を覚まし、何事か密やかに話し合っていた訳だが。

 やあ、とノーマンが軽く片手を挙げる。

「また会いましたね。では、研究にお付き合い頂けるという事でよろしいですか?」
「ノーマンさん……」
「はい。……おや、まさか記憶の混濁などが? 君は普通のヒューマンですからね、無理もありません」
「ヒューマンって。いえ、ちゃんとさっきの事は覚えています」

 がたん、と存在を主張するかのような、盛大な音がした。そちらを見ると、不機嫌そうな顔のシキザキが眉間に皺を寄せて宣言する。

「下らん。俺はもう戻るぞ、いいな」
「ええ。では、仕事の話があれば声を掛けますので、それまではどうぞ」

 チッ、と思い通りになったにも関わらず舌打ちした鬼さんはそそくさと会議室のようなこの部屋から出て行こうとしている。
 その背にウエンディが声を掛けた。

「どこへ行くんだ?」
「腹が減った。食堂だ」

 律儀に返事をしたシキザキが乱暴にドアを閉める音が、室内にこだました。よく今の状況で行き先を訊けたな、彼女。
 おやおや、とまるで困っていなさそうだがニュアンスと言動だけは困っているようにノーマンが首を横に振る。

「梔子、あまり気にしないで下さい。彼は、ああいうところがある鬼ですから」

 粗野な振る舞いに気を害していないか、と言外に訊かれているようだったので、「気にしていません」と簡素に応じた。
 相変わらず、鬼さんには割と好感が持てる。
 簡単なものより、難しいものが好きだ。
 単純なものより、複雑なものが好きだ。
 学校の友人や知人は皆良い人達ではあったし、非常に社交的な人物ばかりだった。小学校時代からの道徳教育の賜だろう。素晴らしい事だ。
 けれど、それでも付き合い辛い相手の方が、或いは手が掛かる人物の方が好ましいと思うのは完全に好き嫌いの世界の話。自分自身の個人的な意見としては、シキザキの一匹狼にも似た気質はいっそ清々しいと思う。

 ところで、とウエンディがやや顔を曇らせて訊ねる。

「ミスター。本当に梔子を財団に置くつもりですか?」
「ええ、勿論。彼女の存在は、この騒動において非常に有用です」
「彼女の立ち振る舞いから見て、完全に一般人です。対策室ではなく、その、研究室で預かるおつもりですか?」

 よく分からない単語が飛び交う中、ノーマンは笑みを崩さぬままゆるりと首を横に振った。

「いいえ。ここ、対策室のSSクラスで預かりますよ」
「正気ですか? こんなの、上の許可は下りませんよ。何せ、彼女は戦闘においてド素人です」

 ――私をそっちのけにして話が進んでいる……!
 このままでは何事か分からない内に、気付いたら職場に座らせられ、よく分からない仕事を始める事になりかねない。堪らず梔子は口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと良いですか? これって私の処遇について話し合ってるんですよね、今」
「ええ。あ、何か質問でもありますか?」
「いやたくさんありますよ。まず、財団って結局何をする財団なんですか? ふら、何とかって言ってましたよね」
「フラリス財団ですね」

 ノーマンによる『フラリス財団』とやらの基礎情報をまとめると以下の通りになる。
 あの神社で対峙したような怪物、通称『神魔』と戦う為に作られた組織。大陸全土にある国から少しずつ寄付を募って運営されているらしいが詳細はよく分からない。
 その財団の中にざっくり分けると2つの部門がある。

 『神魔対策室』と『研究室』だ。研究室は読んで字の如く、神魔と戦う上で情報を集める研究者の集まり。
 そして対策室というのが、実際に神魔の被害にあっている地域へ直接赴き、事の解決にあたる実働部隊。ようはウエンディやシキザキのように戦闘を主とする部屋だ。