1話 遊戯の支配人とお遊び

15.3つの道具と鳥居


 ***

 金魚ハント、再チャレンジ。
 特製のポイを握り締め、梔子は再び屋台の前に立った。もう二度目になるいらっしゃいませ、の言葉を聞きつつ、もう1回金魚掬いにチャレンジするという旨をゼスチャーで伝える。

 どこから見ても不正を働いているが、それには一切触れずスタッフ『口』がチャレンジを促した。

「よし、行きます……!!」

 誰に言うでもなくそう言い、握り締めたポイを水の中に入れる。ウィーナーティオーの下僕が紡いだ糸は刃物と火以外には大層強い。そういう風に設定した。
 お陰様で、ただの蜘蛛の糸だと言うのに丈夫さを保ったまま水の中へ沈んで行く。水を吸ってポイが重くなった。

 そうこうしている内にゆぅらりと巨大な――モンスター金魚が近付いて来る。まるで掬われるのを待っているかのようだ。
 動きはやはり速くはない。落ち着いて呼吸をし、ゆっくりと金魚の腹の下へポイを入れ、それを掬い上げた。
 やはり金魚は水から自分の身体が出てしまうと大暴れしたが、その身体は糸にくっついてしまっている。大暴れしているが、ポイから跳ね上がって水へ戻る事は敵わなかった。

 ただし、強力な粘着力のせいで金魚がポイから外れない。仕方無いので、ポイごと器の中へ金魚を入れてしまった。可哀相な事をしてしまったな、とやや反省する。

「すいませーん、捕れました」
「こちら、景品になります」

 声は聞こえていないせいか、喰い気味にそう言われた。恐らく、こちらの声が聞こえなかったからだろう。

 手渡されたのは大きめの花束だった。しかし、あまりにも白い花ばかりだ。眉根を寄せ、花のラインナップをまじまじと見る。見て、そして梔子は盛大に顔をしかめた。

 ――白菊、蘭、百合、エトセトラ。
 それらは酷く見覚えのある花々だ。ただし、華やかな結婚式であったり祝い事の席では無く、葬式で。棺桶の中に入れる花のラインナップ。
 ぎょっとして身を離した瞬間、強い花の芳香の中、確かに一瞬だけ何かが焦げるような臭いがした。

「貴様、死人か何かか?」
「うわ、吃驚した……」

 景品獲得を見ていたのか、いつの間にか背後に例の3人が立っていた。今の言葉は冷たい顔をしたシキザキこと鬼さんのものだ。
 しかし、彼の一言で全てを悟った梔子はただ首を横に振った。

「――まあ、取り敢えず鳥居に行ってみましょう。これで全部のはずですし」
「ええ。貴方もお疲れ様でした」

 出られる事を確信しているかのようなノーマンはニコニコとそう言うと、先頭切って鳥居の方へ歩き出した。
 ウエンディが黙ってその後に続き、シキザキが舌打ちして更に続く。最後に残された梔子はその背を追ってゆっくりと歩き出した。本、ペン、花。実に脈絡の無い繋がりだ。

「梔子」
「はい?」

 駆け足でノーマン達に追い付くと、不意にノーマンその人に声を掛けられた。彼はこちらをチラ、と振り返ると何でも無い事のように言葉を続ける。

「ここを出た後も、財団に残って頂けませんか? その設定画集、神魔と戦うのにどうあっても必要です」
「ええ? そんなに言うのなら、これ差し上げますよ。私が持っていても、どうしようも無いですし」
「何故そう思うのですか? それに、貴方しかその画集の文字を読めません。梔子、貴方と画集はセットでなければ」

 正直、別にどっちでも良かった。ただ、この後の事を自分に念押しされてもどうしようも無いので確約も出来ない。ややあって、口を突いて出たのは実に不安定な言葉だった。

「そうですね、まあ、この後また会う事があれば……。お力になりますけど」
「歓迎しよう、梔子」

 言葉にいち早く反応を示したのはウエンディだ。彼女はこちらを見ると、僅かに目を眇める。手の掛かる子供に対して大人が浮かべる表情に似ていた。
 対照的にシキザキはこちらを見る事無く苛々と声を発する。

「はっ! こんな小娘、すぐに死ぬぞ。面倒を見るのが面倒だ、止めておけノーマン」
「貴方は相変わらずですねぇ……。とはいえ、全てはここから無事脱出してからでしょうけれど」

 視線の先には鳥居が立っている。鳥居の先には空間を切り取ったかのような、黒々とした闇が広がっていた。まさに一寸先は闇感。
 しかし、ノーマンは容赦の無い人物だった。道を空け、先に行くよう促す。見た目は女性をエスコートするそれに似ているが、実際にはこの先の見えない真っ暗闇に幼気な少女を放り込もうとしているという地獄絵図だ。

「じゃあ、行ってみますね」
「危ないと思ったら、すぐに引き返して下さい」

 彼の言葉を聞きながら、一歩ずつ踏みしめるように鳥居の下を潜る。まるで真っ暗な部屋を手探りで進んでいるような恐怖を覚えつつ進む、進む、進む――
 はた、と足を止めた。
 おかしい。この神社は階段の上に建っている。つまり、出る為には必ず階段を下りる必要があるのだ。しかし、先程から道はずっと平坦。どこへ向かっているのだろうか、私は。

 恐怖に駆られて振り返る。誰の姿も無ければ、潜ったはずの鳥居も無い。何も無いという空間だけが広がっていた。小さく息を呑み、再び前を見て走る。
 不意に、小指の先程の光を発見した。全く何の確証も無いが、ここへ向かって走るべきだと駆り立てる本能に身を任せ、光を追いかける。それは次第に大きく強くなっていき、やがて視界いっぱいに広がった。
 堪らず両目を閉じる。右腕をぐっと引かれた感触がした。