14.銀色の糸
程なくして3匹居たウィーナーティオーの下僕全てはきっちり処理され、地面に転がっていた。ここに居るのが普通の人間のみだったらB級ホラーのような惨状が繰り広げられているに違いなかったが、運が良かったものだ。
おい、とシキザキがウエンディの方へ顔を向ける。
「火を。蜘蛛の巣を巻き取る」
「言われなくとも」
見えないライターでも持っているのかと問いたくなる程に一瞬で、ウエンディの手の平に火種が出現する。それはやがて、手の平よりも大きな炎に変わった。どういう原理なのか全く分からない。
柔らかくなり、チーズのように溶け出した蜘蛛の巣をシキザキが刀の鞘で巻き取る。キラキラと銀色に輝く糸は細かい光をまき散らしている。もしや、シルクのように高値で売れる素材になるのではないだろうか。
馬鹿な事を頭の隅に思い浮かべていると、シキザキが巻き取った糸は結構な量へと変貌していた。ポイを作るだけなら十分過ぎる程に十分な量だ。
それを察したノーマンが口を開く。
「そろそろここから離れましょうか。また、あの蜘蛛が出て来ても面倒です」
「その可能性は大いにありますよ。ウィーナーティオーの下僕は基本的に集団行動ですし、次から次に繁殖します。まあ、とある怪物よりはずっとマシな増え方ですけど」
眷属系の化け物達は親玉である神魔そのものを叩かない限り、ほとんど無制限に排出される事となる。ので、幾ら相手をしてもその場凌ぎでしかないのだ。
今回、この大蜘蛛を喚び出したのは『ニュートラルのスタッフ』なので、数の制限はあるかもしれない。何せ、蜘蛛の親はウィーナーティオーであって、スタッフでもましてやニュートラルでもないからだ。
ウエンディが足早にその場から離れるのを見て、ぞろぞろと一行がその後に続く。あの何匹居るかも分からない危険な人殺蜘蛛と再度エンカウントするのは憚られた。
金魚の屋台前まで戻ると、シキザキが蜘蛛の糸でキラキラと輝く鞘を差し出す。既に凝固しているので、もう一回火で炙って柔らかくする必要がある事を分かっているのだろう。
炎担当のウエンディが僅かに首を傾げた。疑問に思っているのではなく、何かを躊躇う所作と言える。
「シキザキ。この鞘は火に触れて、燃えたりはしないのか?」
「俺の鞘は特別製だ。加工処理がしてある、多少の火如きで燃えたりはせんだろうよ」
「ならいい。始めるぞ」
一瞬前に見た光景がまたもや再生されている。しかし、そこで梔子はハッと気付いた。
「私、巻き取りますよ!」
2人が作業しているのだから、今度は巻き取る者がいない。ウエンディは炎を扱っているし、シキザキは鞘を手で支えている。ここは意を決して自分がポイを作るしかないだろう。
息巻いてポケットからポイを取り出し、紙の部分を取り除く。そして、今まさに火を扱っている現場へと駆け寄った――
「危ない。火傷をする、触らない方が良い」
そう言ったウエンディからやんわりとポイを取り上げられた。片手で炎を使いながら、もう片手で器用にポイに蜘蛛の糸を巻き付けていく。良い子は真似しちゃ駄目だぞ!
しかも彼女は作業を続けながら、更に話し掛けて来た。
「お前は少し恐い物知らずなところがある。気を付けて、もう少し慎重に行動するべきだ」
「えあ、すいません……!」
急にまともなお言葉に、思わず狼狽えてしまった。
そうこうしている内に、ようやっとポイが完成する。白い紙が貼り付けられていた頃とは打って変わり、銀色の細かい光をまき散らす、現代アートのような何かが出来上がっていた。蜘蛛自体はグロテスクだったが、吐き出す糸はどことなく美しい。ただし、あの糸はベタベタとした強い粘性のある糸だが。
「それでは、次こそ金魚を獲得して来て下さい」
ノーマンに背中を押される。最早、全く自分の力では無いが、梔子は「任せて下さい」と拳を握り締めた。