1話 遊戯の支配人とお遊び

12.改良型ポイ


 挑戦すら無駄に感じたが、いつの間にか背後に忍び寄っていたシキザキは、そうは思わなかったようだ。眉根を寄せ、偉そうに指示する。

「おい、ポイの強度を確認する為、一度掬ってみろ」
「はーい、了解」

 貰ったポイをゆっくりと水の中に差し込む。実は金魚掬いは割と得意だ。何事も無ければ1匹程度なら問題無く掬える。よって、失敗の原因は自分に無いはず。
 そう思いながらゆっくりと水中を泳ぐモンスター金魚の下にポイを差し込んだ。奥行きがあるので、手の先が水に浸かる。あまり意に介せず、ゆっくりとポイを戻し――

「――あ、駄目ですね。どうしようもないヤツです」
「そのようだ」

 圧倒的に強度が足りない。金魚はそもそも持ち上げる事すら適わず、一瞬でゴミと化したポイは悲しく枠のみが残されている。
 梔子はちら、と後ろの面子に視線をやる。
 シキザキはすぐ真後ろに。ウエンディは我関せずとやや離れた位置に。ノーマンはここから一歩だけ後ろに下がっていた。気配を消して近付くのは止めて頂きたい。

 考える素振りを見せたノーマンが隣に屈み込んできた。

「私からもスタッフに聞きたい事があります。紙とペンを借りても良いですか?」
「どうぞどうぞ」

 ノーマンがさらさらと紙に文字を書く。全く見た事の無い文字列だったが、不思議と何を書いたのかが分かった。当然こんな言語、習った記憶など無い。

『ポイの改良は可能か?』

 報告書か何かのように簡素な質問を『目』に示す。隣の『口』が喋り始めた。

「枠さえこれでしたら、何をご使用頂いても結構です。必要であれば、何個かポイをお渡し致しますが」

 貰いましょう、とノーマンが手を差し出す。その手に『目』がどっさりとポイを盛った。この様子からして細工は必要行程と見て良いだろう。
 遊戯の主催者・ニュートラルの命懸け脱出ゲームは、ゲームである以上必ず脱出口がある。スタッフの指示がそれで良いと言うのであれば、それで良いのだ。

 どっさりとポイを持たされたノーマンがウエンディの立っている場所にまで後退した。ぞろぞろと梔子、シキザキもその後に続く。
 会話の内容を知らないであろうウエンディへと、ノーマンが説明を始めた。

「このポイ、枠さえ変えなければ改良が可能だそうです。屋台の旗なり何なりから布を持って来て、巻き付けましょう」
「了解。では、これで良いですか?」

 すぐに状況を呑込んだ彼女は背後にあった『フランクフルト』と書かれた屋台の旗を何の躊躇いも無く旗ごと抜き取った。完全に犯罪だが、この不思議空間では目を瞑るしか無いだろう。
 梔子、とウエンディに声を掛けられる。

「ポイを一つ、持っていてくれ。この布を巻き付ける」
「はい。……これで大丈夫ですか?」
「ああ。君は少し、背が低いな」

 日本の女子高生の平均身長である梔子。対してウエンディは頭1.5個分くらい身長が高い。変な姿勢になってしまうからか、一瞬だけ彼女はそう呟いた。
 程なくして作業が終了する。布を巻き付けられたポイはゴワゴワとしていて、ポイの原型を留めていなかった。それを一瞥したシキザキが小さく鼻を鳴らす。

「下らん……。まさか、これで3つ目の道具とやらも獲得か? どうにも、そう上手く行くとは思えんがな」
「ちょっと、不吉な事を言わないで下さいよ」
「知るか。思ったまでを口にした事」

 ――でも確かに、一理あるかもしれない。
 射的は簡単に済まされた。弾が1個おまけだったからだ。しかし、2つ目も特段頭を使う事無く終わるようなゲーム内容なのだろうか。最初のアイテムであろう、設定画集は最初から所持していた。
 遊ぶなら、射的と金魚掬いしかない。

「まさかね……」

 嫌な考えを振り払うように頭を振り、特製ポイを片手に再び屋台へ。後ろの3人は遠巻きに現状を観察しているのみだ。

 ポイを持って屋台に臨んだからか、『口』が筆談をする事無く接客を始める。

「いらっしゃいませ。金魚掬いに挑戦されますか?」
「お願いしまーす」
「どうぞ」

 スタッフ2人の様子を伺うも、この改良型ポイについて注意をする素振りは無い。それを良い事に、明らかな不正の証を梔子は水の中につけ込んだ。
 紙のポイとは違い、布なので水を吸って重量感が増している。ただ、目的の金魚も大きいせいか動きが鈍いので逃がす事は無いはずだ。先程と同様、金魚を持ち上げる。

 当然布なので、今度はポイが破ける事は無かった。ただ重いので慎重に金魚を引き揚げる――

「わっ!?」

 あと少しで水から金魚を引き揚げられる。そう思って、手に力を込めた瞬間。背びれが空気に触れたと同時に金魚が水を跳ね上げながら激しく暴れた。その暴れようは呆気にとられる程で、跳ねた水が手を通り越して腕に付着する。
 しかもかなり力強い。慌てて金魚を掬い上げようと更に腕を上げると、今度は布の上でビタンビタンと跳ね始めた。器を持って行くより早く、大気中から水中へと戻っていく金魚。

 その後、3回程挑戦したが失敗に終わった。勿論、ポイそのものは破れたり破損したりはしていない。とにかく金魚が元気過ぎて掬い上げられないのだ。
 流石に苛ついたらしい鬼さんことシキザキが声を荒げる。

「ええい、下手くそめ! 貸せ!!」

 瞬間、『口』が止めに入った。

「お待ち下さい。金魚掬いへの挑戦権があるのは梔子様のみとなっております」
「退け、斬られたいのか」

 ノーマンが慌てて止めに入り、一度屋台から離れる事と相成った。