1話 遊戯の支配人とお遊び

11.シキザキの成果


 ***

 結果的に言えば、シキザキは驚く程すぐに見つかった。やはり、音の主は彼自身だったからだ。
 状況は以下の通りである。
 すでに刀を抜いている鬼さんは人間サイズ程の蜘蛛と対峙していた。既に何匹か仕留めており、黄色い液体をまき散らした巨大蜘蛛がひっくり返っているのが見える。

 あまりにも予想通り過ぎたせいか、呆れたような溜息を吐いたウエンディがノーマンへと素早く言葉を紡いだ。

「加勢へ行きます」
「ええ、頼みますよ」

 ウエンディは左手に光り輝く幾何学模様を讃え、すぐさまシキザキの加勢へと入った。もう魔法だとか、現代には存在し得ない状況に驚く事も無くなり、取り敢えずウエンディの身を案じる。
 彼女はと言うと、昨今のキャンプファイヤーでもやらないような無茶な量の火炎をまき散らしている。目の前で起こるダイナミック焼却法に目がチカチカと痛んだ。人工灯など比にならない煌めきに、網膜が焼ける。

 一方で戦闘には不参加らしいノーマンが暢気に訊ねてきた。

「あれは何の生き物か分かりますか、梔子」
「勿論。あれは『ウィーナーティオーの下僕』です。えーっと、元々居るウィーナーティオーという神魔? の、部下というか、下僕。眷属ってやつですね」
「へえ、神魔以外にも色々と居る、そういう訳ですね」
「そうなりますね。粘性のある糸を吐いて待ち伏せ狩りをする蜘蛛です。人間が対峙したら、例え1匹でもかなりの脅威になると思うんですけど、あの人等凄いですね」

 それまで5匹程いた下僕の数が気付けばゼロになっていた。残ったのはウエンディが使用した炎のせいで漂う、焦げの臭いだけだ。
 助けて貰った側であるはずのシキザキが偉そうに鼻を鳴らす。

「散歩か? 進展はあったのだろうな」
「こちらは必要な道具を1つ発見した。残りは1つだ。まさか、お前も一人でただふらふらしていた訳じゃないだろうな」

 ウエンディの言葉を鼻で笑った鬼が梔子へと歩み寄る。黙ってそれを見ていれば、半ば強引に何かを押しつけられた。
 見れば、射的の屋台で見つけたような、ノートの切れ端だ。しかも、やはり日本語で走り書きのようなメモがされている。

 ――『一番大きな赤い金魚を掬ったら景品あげる』。
 次に行くべき場所を瞬時に理解した。

「次は金魚掬いの屋台で大きな金魚を掬えば良いみたいです」

 ***

 所変わって金魚掬い屋台の前。
 明るくライトアップされたそれを前に、あからさまにシキザキが眉根を寄せた。

「屋台に何か立っているな。斬るか」
「ちょっと待って下さいよ」

 先程、シキザキは居なかったので仕方無いが急な暴力に晒されようとしているのはニュートラルのスタッフだ。斬り殺されては話が進まない。梔子は慌てて鬼さんへと概要を説明した。
 話の趣旨を理解したらしい彼は非常につまらなさそうな顔をしている。無理もない。随分と戦闘狂のようだし。

 改めて屋台を見やる。今回は『目』と『口』が屋台の中に立っていた。つまり、射的屋のような視覚を欺くイカサマは使えない。とはいえ、今回のオーダーは金魚掬いだ。これに関しては射的よりずっと望みがあると言える。
 以上の諸々を加味し、梔子は提案を口にした。

「取り敢えず、多分また私がチャレンジしなきゃいけないでしょうし、屋台に行ってルールを確認して来ます」
「それが早いでしょうね。我々はここで見守っていますので、安心して行って来て下さい」
「了解」

 ニュートラル主催のイベントなら急に即死トラップは無いだろう、足取りも軽く警戒心も軽く、当然のように何事も無く屋台の前まで辿り着けた。こちらの存在を認めた『目』と目が合った瞬間、『口』が口を開く。

「いらっしゃいませ。こちらをお使い下さい」

 何も言っていないのに、ポイを渡された。何の変哲も無い、プラスチックの枠に紙が貼られた普通のポイだ。しかし、急に渡されても何の事か分からないので、戸惑いがちに訊ねる。

「あのぅ、説明を聞きたいんですけど」

 ――返事が無い。
 そこで気付いた。そういえば、この空間には『耳』が居ない。つまり、こちらの声は届いていないのだ。
 仕方無いので先程、シキザキに貰ったメモ用紙を裏返し、獲得したボールペンを切れ端に走らせる。会話が無理なら筆談に持ち込むまでだ。

『ルールを聞きたい』

 そう書いた紙を『目』に手渡す。隣に立つ『口』から説明が始まった。

「こちらの屋台ですが、梔子様にのみ挑戦が可能な屋台となっております。ポイは幾つでも差し上げますので何度でも挑戦なさって下さい。また、金魚によって景品が異なります。ご了承下さいませ」

 今回は挑戦の制限回数が無いようだ。不審に思いながら、金魚を見やる。
 長方形の小さなプールを泳ぐ赤や黒の可愛らしい金魚。それが霞む程巨大な赤の金魚はすぐに発見出来た。どう足掻いたって紙のポイでは掬えそうにないモンスターサイズ。こんなもの、何度挑戦しても掬う事など出来ないだろう。