10.射的屋・下
一通り説明書の通りにセットを終えた。これで弾が発射されなければスタッフに相談する他無いだろう。というか、屋台だと言うのにセルフが過ぎる。
「ノーマンさん、銃を渡した方が良いですか? 正直、あまり自信無くて……」
「そうですか。では――」
引き取りましょう、そう言いかけたノーマンの言葉を遮る形で、『口』が言葉を紡ぐ。『耳』から聞いた事を伝えられたのだろうか。
「梔子様にて引き金を引く必要がございます。つきましては、念の為確認をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
疑問形で訊ねつつも、既に『口』の手が伸びて来て、銃に触れる。どうするつもりかと身を強張らせて待っていると、その手が白い手袋越しに梔子の腕へと触れた。血圧でも測るかのように、ぎゅっと手首を握られる。
氷のように冷たい手。本当に生き物かと疑ってしまう、氷のようなその手に戦慄した。何より布越しでも伝わってくる冷気だ。やはり彼等スタッフは生き物とは違う存在なのだろう。
「――確かに確認致しました。今後、受け渡しを禁止致します」
「はい、了解です」
本人確認してくる以上、ノーマンへそれを受け渡す事は出来ない。問題はウエンディの腕前になるが、奇跡が起きてコルク弾でボールペンを落とせる可能性もある。希望を捨てない事が重要だ。
とはいえ、やはり心配なので、今回の作戦の肝である彼女にアイコンタクトを送る。まさか、『耳』の聞いている場所で堂々とイカサマについて話す訳にはいかない。
梔子と目を合わせたウエンディは何を考えているか分からない表情で、ただ頷きを返してきた。それは問題無いという意味で受け取っていいのだろうか。
更に会話――コンタクトの糸口を広げるべく、目玉商品であるボールペンを指さしで教えた。これを落とすんだぞ、という確認と出来るかという確認。やはり彼女は深い頷きを手向けるだけである。
本格的に心配だが、そうも言っていられない。
始めるぞ、というアイコンタクトを最後に狙いを定める。実際、射的の能力は不要なのかもしれないが、念には念を。あまりにもコルク弾が標的から外れ過ぎていては、無理かもしれない。
よく狙い、狙って、小さく息を止める。
そして、躊躇無く梔子は引き金を引いた。祭りの屋台として並ぶ射的屋。実際に射的で遊んだのはずっと前の話だ。
引き金を引くと同時、ウエンディも動く。出会った当初の鉄面皮のまま、デコピンでもするように指を弾いた。
その瞬間、何が起きたのかは分からない。しかし、文字通りデコピンを受けたかのようにボールペンが弾かれて、棚から落ちる。ちなみに、梔子自身が放ったコルク弾は全く見当違いの場所へ飛んで行き、何も景品を獲得せず地面に落ちて行った。
――酷い不正だ……。
呆然と屋台を見ていると、物が落ちる音に反応した『耳』が、棚から落ちたボールペンを回収する。そしてそれを、『口』へと手渡した。
「梔子様」
「え? あ、はい」
「こちら、景品でございます。今、埃を取りますので少々お待ちください」
前置きした『口』が屋台の端に置いてあった柔らかそうな布でボールペンに付いた砂埃などを丁寧に拭き取る。アフターケアもバッチリだ。
「――お待たせ致しました。袋などにはお入れしなくてよろしいですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
礼を言って愛用のボールペンを受け取る。少し重いペンは両親が高校に入学した時、お祝いとして買ってくれたという過去を持つ。更に、設定画集への加筆もこのペンでしたので、かなり長い付き合いとなるだろう。
走馬灯のように当時の思い出が脳裏に過ぎる――それと連動するように、一瞬だけ焦げたような臭いが鼻孔を擽った。
「残弾はございませんか? 生憎、コルクの弾は射的でしかご使用出来ませんが」
「ありません」
「かしこまりました。では、よい縁日を」
その言葉を合図に、梔子達は屋台から離れた。
***
「上手くいって良かったです」
屋台から離れ、ホッと溜息を吐く。しかし、安堵の気持ちはウエンディの言葉によって跡形も無く消し飛んだ。
「梔子。君は先程から、何故私の方をチラチラと気にしていたんだ?」
「エッ。いや、ノーマンさんではなく私が弾を撃ち出す確認をしていたんですけど」
「そうか。そういえば、君の狙いは酷かったな。まさかあんなに下手くそだとは思わなかった」
「だから大丈夫か確認したんじゃないですか……!!」
それにしても、とノーマンが手元を覗き込んできた。
「次はボールペンでしたか。3つ目はこの勢いで行くと、何になるのでしょうか?」
「私物なんてたくさんありますから。ちょっと予想は出来ないですね」
「……法則性は無いのか?」
一人考察を始めるノーマン。それを尻目に、ウエンディがぽつりと言葉を溢した。
「ミスター、戦闘の可能性が出て来たので一旦シキザキを回収するのはどうでしょうか。奴は無用なトラブルを起こしかねません」
「彼、好戦的ですからね。では、反対の道へ行ったシキザキを迎えに行きましょうか。梔子、貴方もそれで良いですか?」
「はい、勿論。何も起きていないと良いですね」
そう言った刹那。どこか遠くで盛大な破壊音に似た大きな音が響き渡った。はあ、とウエンディが溜息を吐く。
「梔子。既に戦闘行為が始まっているかもしれない。私達の後ろから付いてきてくれ」
「はい、分かりました!」
「君の情報、頼りにしていますよ」
それだけ言ったノーマンが戦闘切って音がした方へ足を向けた。