09.射的屋・上
更に気付いた事がある。
最初に来た時は準備中だったのか、景品棚に赤い布が掛けられていたのだが、現在はその布が取り払われていた。たくさん並ぶ景品の中、大きく『目玉商品』と書かれた商品がある。
それには見覚えがあった。設定画集に書き込む時に気に入って使っていた、愛用のボールペンだ。インクが大量に出るタイプのペンで、インクが尽きては売店に買いに行っていたのは良い思い出である。
間違いなく提示された3つの景品の内の1つだろう。あれを落とせればそのまま景品として貰えるに違いない。
「ノーマンさん、ウエンディさん。あの、『目玉商品』って書かれている商品があるじゃないですか。あれ、私の私物です」
「では、あれをコルクの弾で撃ち落とせば良いのか。的が小さいな。梔子、君は射撃の腕はどの程度だ?」
――射撃の腕とは?
そんなの限りなくゼロに近い。何故、射撃部にでも入っているのかという体で聞かれたのだろうか。
「残念ながら、私があのボールペンをコルクの弾で撃ち落とすのは無理だと思います」
「分かった。では、1発で落とす為にも工夫をする必要があるな」
「堂々と不正を働こうとしますね、ウエンディ」
ノーマンが苦笑している。ただし、止める気は毛頭無いようだ。ここで変な生物と戦闘を余儀なくされるのは避けたいので、梔子としても彼女の考えには全面的に同意の意を示す。
「不正をするのであれば、目は見えていないので視覚は誤魔化せると思います。というか、スタッフ3人とも配置していない時点で不正はしても気付かれなければ何事も無いかと」
ただし、その視覚と引き換えに聴力はかなり優れている。僅かな物音でも気付かれてしまう事だろう。入念に準備をし、会話をしなくとも計画を進められるように考えなければならない。
そう考えていると、ノーマンが気楽そうに提案した。
「要はポーズだけでも銃を構えて撃てば良いのでしょう。スタッフに『目』は無いのだから、どの景品が弾に当たっておちたかなど確かめる術はありません」
「と、言うと?」
「弾を放った後、ウエンディの魔法で軌道を修正。無理矢理にでも当ててしまえば勝ちという事です」
本当に堂々と不正をする気である。というか、魔法と言うのは何だろうか。祈祷か何かか?
疑問を浮かべている間にも会話は淡泊に進んで行く。
「音を立てないように実行する、という事ですね。ミスター」
「ええ。貴方だったらこのくらい、朝飯前でしょう。2つ目の道具はこれで回収出来ますね」
疑問は尽きないが、やけに自信満々なので触れないでおいた。この不思議空間だ。魔法の1つや2つ、あるに違いない。
早々に深く考える事を止めた梔子は大きく頷いた。
「ともあれ、音が立たないなら多分大丈夫です」
「梔子。私が動くタイミングを決めよう。あの銃は、引き金を引けばすぐに弾が射出されるのか?」
「そうですね。そもそも射撃屋で使われるあの銃は――」
屋台でやった事がある程度の知識だが、ウエンディにあの銃の性能を伝える。かなり簡単な造りになっているので、複雑な操作は必要無い。
「分かった。では、屋台へ戻ろう」
口数の少ないウエンディは深く頷いている。本当に理解したのか怪しいが、本人が分かったと言うのならば分かったのだろう。
屋台の前、会話NGの場所まで戻って来る。
相変わらず『口』と『耳』が屋台の前に棒立ちしていた。格好が制服なので、とてもじゃないが屋台を営む方には見えない。
不意に、ノーマンがその銃に触れた。彼が弾を放つのだろうか。視覚は無いので、恐らく誰が撃っても分からないだろうし、と梔子はその様子を見守る。自分が銃弾を放つより、彼がやってくれた方が確実性があるだろう。
かちゃり、と金属音が響いた。留め具か何かが音を立てたものと思われる。その音によって、スタッフが反応した。『口』が文字通り口を開く。
「いらっしゃいませ。射的に挑戦されるのであれば、梔子様にて銃弾を装填して頂き、引き金をお引きください」
非常に耳に染み渡るような、低くて聞き取りやすい声。流石はお遊戯大好きニュートラルだ。揃えるスタッフにも拘りが伺える。
地味に感動していたが、ノーマンはそれに関して全く気にする素振りを見せず、頻りに銃を気にしている。仕方無く梔子は訊ねた。
「……どうしたんですか?」
「いや、これはどこから弾を入れるのでしたっけ?」
「説明書がありますね。屋台の上に」
自信が無かったので、助け船を求めるべく周囲を見回してみると、台の上に説明書が乗っていた。それを手に取ってみるも、言語は日本語だ。ノーマンには読めないだろう。
「ノーマンさん、読めないって言ってた文字で書かれてます」
「そうですか。やはり、さっきスタッフが言った通り、君がやるしか無いようですね」
若干残念そうに言いながら、ノーマンが銃を手渡してくる。ついでにコルクも手の上に乗せられた。両手が塞がってしまった為、説明書を支える事が出来ない。
状況に気付いたウエンディが説明書を両手で目の高さにまで掲げてくれた。何て良い人なんだろうか。