08.屋台のスタッフ
「――と、言うわけなんです。ただ、ニュートラルとニヒル&オムニスに関しては私が触る前から大方の設定が付いていたんですよね」
「と言うと?」
「大抵は名前とイラストしかなくて、名前の意味とかネットで調べてそれっぽい設定を付けたんです。ただ、1位と2位だけは最初から一言コメントみたいに概要が付いていて。ニヒル&オムニスに至っては『設定不要』でしたし」
恐らくその他、思い出せ無いがあと1ページくらいは『設定不要』があった気もする。ただ、それなりの膨大な量があったので完全に記憶してはいないが。
何事かを思案していたノーマンはしかし、その思考を一旦打ち切るように首を横に振った。
「――確かに、その話を聞いただけでも気に掛かりますが……。一先ずは脇に置いておいて、まずはニュートラルの話をしましょうか。私やウエンディから掲示できる情報としては、大陸全土において強力な神魔が召喚された情報は無いという事です」
「召喚?」
「はい。複雑な手順を踏み、人知の及ばぬ生物を現界させる魔法の一種です。とはいえ、強い者を呼ぼうと思えば膨大な準備が必要とはなりますので、喚ばれる前に大抵は処理出来るのですが」
「あ、それでその、召喚された情報は無いって訳ですね」
「ご名答」
そういえば設定画集に載る彼等もまた喚び出すのに儀式が必要だと記載があった。であれば、それこそが召喚の事なのかもしれない。
とはいえ、今回はレアケース。ノーマンの言うノーマルな事例には当て嵌まらない事だろう。
「ノーマンさん、ニュートラルは召喚不要扱いです。喚ばれていなくても、現実世界に影響を及ぼせる、とかそんな設定が最初から付いていました。ちょっと見てみますね」
ニュートラルのページは比較的前の方だ。そのページを開き、ペラペラと捲る。自分が付けた訳では無い初期設定の記述が目に飛込んで来た。
「……あ、やっぱり。ニュートラルの開催するお遊戯は、ニュートラル自身がその場にいなくても開催可能です。だから、召喚だとか何とかは厳密に言えば今回は関係無いかと」
「そうですか。調べて頂き有り難うございます」
ならば、とウエンディが話し掛けてくる。
「こうしてはいられないな。単独行動を始めたシキザキを回収しなければ。奴なら、スタッフとかいうさっきの連中を一刀に切り捨てかねない」
「全くですね。すみません、私達の都合に付き合わせてしまって。梔子、まずは射的のゲームを終わらせましょう」
コルクの弾を握り締め、再び射的屋の前へ戻って来る。先程までは居なかったスタッフの姿があった。1人は『口』、もう1人は『耳』だ。『目』と同様、名前となっているパーツのみが頭の正しい位置に大きく鎮座している。
『耳』が居るという事は、会話は筒抜けだ。梔子は屋台から随分と離れた場所で足を止めた。このままでは作戦も立てられない。
「さっきとは違うスタッフだな。だが、頭の大きい感覚器官が一番優れているんだろう?」
「はい、ウエンディさんの言う通りです。作戦を立ててから屋台に近付きましょう」
それに、コルクの弾は1発のみだ。出来ればこれは外したくない。
二度手間になるのを避ける為、自分の推論を口にする。設定画集が役に立つと分かった以上、設定を作った側の梔子もまた彼等の性質をよく理解しているからだ。
「あの、1つ良いですか」
「はい。遠慮せず、どんどん発言してください。貴方の情報は我々にとって命綱も同然ですから」
ノーマンの言葉に後押しされる形で、梔子は囁くように情報を吐露する。
「この弾ですけど、1発外して次の弾を探す場合は何らかの形で妨害が入ると思います。さっき、コルク弾と一緒に渡されたメモによると『1個目は』おまけらしいんですよね。という事は、2個目からはおまけじゃないって事になるじゃないですか」
「メモを誰が書いたのかにもよるのでは?」
「こんな書き方をするのはニュートラルです。愉快主義っていう設定を作った記憶があります」
ニュートラルは快楽主義者だ。楽しければそれでよく、裏を返せば楽しませてくれた相手に対して敬意を払う事を忘れない。そんな彼が残すメモなどは総じてフランクだ。『嘘』がテーマの舞台でも無い限りはメモにて嘘を吐く事などは無い。
彼が求める愉快さに、嘘はそぐわないからだろう。言葉遊びを嗜むニュートラルは『てにをは』の使い方が上手い。書かれている言葉はそのままダイレクトに呑込むべきだ。
つまり、と思考を遮るようにノーマンは告げる。
「この1個目で、どうあっても標的を落とすべき、という事ですね」
彼の言葉に触発される形で屋台を見やる。何度見てもスタッフは2人。『耳』と『口』。つまり、目だけは見えていない状態だ。