1話 遊戯の支配人とお遊び

07.設定画集と主催者


「……どうするんだ」

 動きを止めたウエンディが静かにそう訊ねた。彼女も動かないが、スタッフも微動だにしない。時間が止まったかのようだ。
 どうすればいいのか、それは制止の声を上げた梔子にも定かではないが、このスタッフに危害を加える事だけは避けるべきである。上手く言葉にして伝えようとするも、あまりにも突拍子の無い展開過ぎて言い表せない。

 しかし、結果的に言えばその心配は杞憂に終わった。というのも、スタッフ自身が動き、白い手袋に持った何かを見せてきたからだ。

 目をこらす――これは、コルクか。より正確に表せば、射的に使われるコルクの弾。間違いなくその形状をしている。
 先程のメモを思い返しながら、梔子は水を掬う形に両手を差し出した。近付いて来るスタッフに、僅かな緊張が走る。
 目と鼻の先にまで近づいて来たその怪物はしかし、見た目に反し穏やかな動きで手の上にコルクの弾をそっと乗せた。そして、何をするでもなく反対方向へと歩き去って行く。

 先程渡されたのはコルク弾だけではなかった。ノートの切れ端のようなメモ帳も添えられている。
 コルクの弾を落とさないように注意しながら、メモを読んでみた。
 ――『1つ目だけはおまけだよ』。

「何故、奴の対処法が分かった?」

 涼やかなウエンディの声で我に返る。彼女は腰に手を当て、やや渋い顔をしているようだ。流石にあり得ないと思いつつも、今起こった事をありのままに説明する。

「それが……あの怪物、私が持っている設定画集の中に居る怪物だったんです。ニュートラルのスタッフ、という名前の」

 一瞬だけ嫌な沈黙が流れた。それもそうだろう、私物の設定画集に訳の分からん怪物のイラストが載っていて、それが目の前に現れましたでは誰もが閉口したくなるものだ。少しばかり気恥ずかしくなってしまい、梔子もまた口を噤む。
 先に言葉を発したのはウエンディの方だった。

「君の設定画集にあのスタッフの記載があると言ったが、どういう風に書かれているのだろうか。特徴は? 何をする為に存在している?」
「ニュートラルのスタッフに攻撃性は無く、基本的に主人であるニュートラルが開催するお遊戯のお手伝いさんのような怪物なんです。だから、こちらに危害を加えてくる時は別の怪物の眷属なんかを召喚する事でしか攻撃して来ないんです」
「――確かに。スタッフというあの化け物は私達に危害を加えたりはしなかった。それが射的で使う弾なんだろう、梔子」
「はい。これで1発は撃てる事になりますね。あのままスタッフを殺害していたら、実質詰みだったかもしれません」

 スタッフはあくまでゲームの進行役。それをロストしてしまえば、必然的にゲームが止まり終わる事が出来なくなってしまうだろう。
 それまでずっと黙って話を聞いていたノーマンが深く頷く。何かを納得したかのような振る舞いだ。

「分かりました。原理は不明ですが、貴方の持っている『設定画集』と言うのに神魔の情報が載っている可能性があります。現状においてはかなり有利に事を進められるという事で、一先ずその情報を頼りに進んでみましょう」
「良いのですか、ミスター・ノーマン。こんな得体の知れないものを行動の指針にして」
「実際に君がうっかりスタッフを殺していれば、現状の進行は滞っていました。こんな場所ですし、アテになる情報だと思いますよ。私としてはね」
「貴方がそう仰るのでしたら、私もその意見に従います。完全に信用した訳ではありませんが」

 ――話は良い感じに進んでいるが、看過出来ない出来事がある。
 設定画集、これに記載された情報が本当になっているのであれば。ニュートラルのスタッフが進行しているイベントで、即ち親玉のニュートラルそのものが開催しているイベントという事になる。

「盛り上がっているところすいません。もし――いや、無いとは思うんですけど、万が一。私の持っている画集の情報が正しく適用されているとしたら……この状況は、ニュートラルという怪物が生み出した状況という事になります」
「……? それは何だ?」
「まあ、恐らく君の言う『怪物』と私達が言う『神魔』はイコールなのではないでしょうか。そうであれば、そのまま話を繋げる事も出来ますし」

 それは無理がある気がするが、ノーマンの考察で進めると確かに話がぐんぐん進む気もする。そして、上司と言うだけあってウエンディは彼の決定に異を唱える事が無い。了解、と了解出来る状況では無いにも関わらず首を縦に振っている。

「えーっと、じゃあ私はニュートラルの説明をすれば良いですか?」
「ええ、そうですね。是非ともお聞かせください」
「私の設定画集から、完全抜粋ですが良いですか?」
「はい。お願いします」

 設定画集によると。
 そもそも最初に怪物――否、神魔として存在していたのが『ニヒル&オムニス』という全知全能の母だ。というかイラストによると双子のようなので、より正確に述べるのであれば父と母が正しい。
 このニヒル&オムニスがピラミッドの天辺にいる。その下に子供達が続いているのだが、長子がニュートラルだ。つまり、設定画集基準にするとニュートラルは序列2位の存在という事になる。
 小さな万能マンで、人間が想像しうる大抵の事は実現出来る存在とされている。そのせいか飽きっぽく、暇を持て余しており、こうして定期的にゲームを開催するのだ。当然、負ければ死。この神社についても彼の催し物だとすれば、出られなければそのまま死ぬまで出られない、ただそれだけの話だ。