1話 遊戯の支配人とお遊び

06.大きな目のスタッフ


 それについての質問を仕掛ける直前。ウエンディが目的地に着いた事を告げたので、あえなくその言葉は呑込む事となった。

「あの屋台にメモがあったはずだ」
「射的の屋台ですね」
「射的? 銃という事か。……あんな簡素な造りの銃で何が出来ると言うんだ。私達が使うそれよりもずっと簡単な素材で出来ているな」

 ――銃社会出身なのかな? どことは言わないけれど。
 ウエンディの見た目に似合わず、そこそこ銃に対する知識を持っている姿勢にはやや戦慄した。が、それと同時に先程まで居た鬼という架空の存在についても考えさせられる結果となり、瞬時に不自然さを頭の隅へ押しやる。そんな事を考えている場合では無い。

 空っぽの屋台に近付いてみると、ウエンディの言った通りコルク銃の隣にノートの切れ端のようなメモが置いてあった。そっと手に取り、目を落とす。
 それは間違いなく日本語だった。設定画集の騒動から鑑みて、彼等には読めない字だろう。

『この中に君の持ち物が混ざっている。コルクはボクのスタッフに持たせたよ』

 景品の棚を見てみたが、赤い布が掛けられており、何の景品があるのかは分からない。そして、銃弾として使うコルクの弾も見当たらなかった。
 それにいち早く気付いたのは、メモ解読を梔子に任せていて手持ち無沙汰だったノーマンだ。

「この銃には銃弾が入っていないように見えますね。私は使った事が無いので何とも言えませんが、既に装填済みという事でしょうか」
「ノーマンさん。この銃にはコルクの弾を詰める必要があるんです。なので、弾は今は入っていない状態ですね。それで、その弾ですが――メモによると、スタッフに持たせてあるとの事です」

 そうですか、とあっさり理解を示しすウエンディ。

「では、戦闘という事ですね」
「好戦的が過ぎやしませんか……?」

 現代社会でコルク弾が無いだけで『戦闘』などというダイレクトに暴力的な単語が聞ける事などまずない。驚きの思考回路に目を白黒させる。
 しかし、郷には入れば郷に従え。身を守る為にも深く考える事を止め、弾探しを始めようとしている面々に同調する姿勢を見せる。ようは弾さえあれば良いのだ、弾さえあれば。

「スタッフ、と言うからには生物ではあるだろう。早く見つかると良いが」
「ここに来てスタッフがロボットだったとしても、私は驚きませんよ。ウエンディさん」
「ロボット? ああ、あの永久凍土に住んでいる彼等の事か」

 ――いやどこ?
 常識でしょ、という体で言葉を紡がれてしまった。仕方なく梔子は誤魔化すような曖昧な笑みを浮かべ、彼女の発言を受け流す。

 探索を始める前にはなかなか見つけられなかった人影。
 しかし、メモを見つけた事で事態が進展したからか、思いの外すぐに『スタッフ』と思わしき立ち姿を発見した。ウエンディが美しい横顔を縦に振る。

「そうか。目的が無ければ、スタッフに出会う事すら出来なかったのか。やはり、梔子は脱出の鍵――」

 話は最後まで耳に入って来なかった。
 見えているその人影を見つめ、息を呑む。それはおよそ、人と呼ぶには無理のある生物だった。
 警察官のような制服を身に纏い、由緒正しい帽子を被っている。シルエットは完全に人間のそれ。ただし、近付いてみればそれが人でない事は一目瞭然だ。人間の頭部に当たる部分、そこには大きな両目だけが鎮座している。
 鼻だったり口だったりのパーツは一切無く、五感を捉える事の出来る気管は異様に大きな両目のみ。

 更にそれを見て驚愕したのには理由がある。
 梔子はそれが何であるのかを知っていた。
 ――設定画集のとあるページの記述。そう遠くない昔に自分自身で描いた設定を背負う怪物の1体。

「えっ、これは……!」

 頭の整理が付く前にウエンディが動いた。その白く細い手で何をしようとしていたのかは不明だが、明らかに敵意のようなものを浮かべた双眸。スタッフに何か危害を加えようとしているのは明白だ。
 慌ててそれを止める。もし、この『スタッフ』が設定通りの怪物であるのならば。この場でロストされると詰む事になりかねない。

「ちょ、待ってください! これ多分、相手が何もして来ないなら、私達も何もしないのが正解なアレです!」
「何?」

 反射神経が良いのか、それとも危害を加える事に躊躇いがあったのか。何はともあれ、ウエンディは僅かに目を見開いて動きを止めた。
 スタッフは相変わらずこちらを見てじっと佇んでいる。