4話 結芽の夢

15.真実と反応


 しかし、実際にはそんな事などどうでも良かった。罪の告白をしてから気になるのは、怪異の主である樋川結芽ではなく、今まで良好な関係を築いてきたトキの反応である。

 彼にしては少しだけ驚いているような顔色だった。しかし、基本的には仏頂面がメインなので「少し驚いているように見える」という表情は、実際のところ「かなり驚いている」という意味になる。
 緊張で心臓が早鐘を打つのが分かった。何を言われるのだろう。失望したという趣旨の言葉か、はたまた最低の人間だという罵りか。罪を裁かれる罪人の気持ちで彼の言葉を待つ。

 ややあって、言われた言葉の意味を理解したのか、ゆっくりと一つ瞬きをしたトキは肺の中から全ての二酸化炭素を押し出すかのように息を吐いた。

「――成る程。貴様がセンターに頻繁に通うので、何かあると思えば……。確かにお前はそういうところがあるな、ミソギ」
「……がっかりした?」
「いいや? 今更だ、そんな事。お前の人となりを知るようになってから、あり得ない事では無いと思っていた。そもそも、センターに週2回という高頻度で足を向けている時点でよくない事があったのは分かっていた事だ」
「え、マジで?」
「まさかそんな事になっているとは思わなかったがな。予想よりは遙かにマシな話で良かった」
「そ、そうなんだ……。あれ? でも十束と仲が悪くなったのは?」
「それはアレの性格のせいであって、別にお前とは何ら関係の無い話だ」

 ――そ、そうだったんだ……。思い込みって恐いな……。
 十束の二の舞にならないようひた隠しにしてきた事実だったが、意外にもあっさりそれをトキは看過した。正直、もっと普通に酷い言葉で詰られたり罵られるのを覚悟していただけに拍子抜けである。

 拍子抜けついでに樋川結芽の存在を思い出し、そちらを見る。トキの事で頭が一杯一杯だったので、少しの間彼女の存在を失念していた。
 彼女は驚く程、ミソギが予想した通りの反応をその表情に浮かべている。信じられないものを見るような目、信じていたものから裏切られたような反応だ。何と声を掛けるべきか考えていると、結芽の方から口を開く。

「え、嘘、そんな……。私はミソギさんの、オトモダチに直向きな態度が好きだったのに。何故? どうしてそんな事の為に毎日……」
「聞いただろう。隠し事を隠蔽する為だ」

 ふん、とトキが鼻を鳴らし彼女の行動を嘲笑する。

「良かったな。貴様の大好きなミソギの新たな一面が見られて」
「いえ、ちょっと待って。普通に最低な人じゃない……。オトモダチなんでしょう? 何とも思わないの?」
「構わない。そもそも、ミソギが逃げ手を打ったのも太刀打ち出来ないと判断したからに他ならない。結果、雨宮を救い出せているのであれば、私はそれがどういう過程を経てそうなったかなどには頓着しない。それに――元来、こういう性格をしている事は知っていた」

 それに、とトキは言葉を切ってやや目を伏せる。

「雨宮の件については、アレがどれ程苦しい思いをしたかを知っている。全てが丸く収まった後で、責めようとは思わない。全員が無事で良かった。私から言えるのはその事実だけだ」
「トキ……」

 空間に亀裂が入るような音が、一際大きく響いた。普通に見えていた支部の風景に誤魔化しようのないヒビが広がっていくのが肉眼ではっきりと見える。
 小さく悲鳴のような声を上げた結芽が顔面を両手で多い、その場に膝を突いた。漏れ出る言葉は嗚咽が混じっている。

「そんな……素敵な人だと思っていたのに……」

 あまり同情は出来ないが、ミソギは彼女へと気の毒に思っているような視線を手向けた。確かに、事情を深く知るはずのない彼女にとってみれば自分は頻繁に病人の元へ通う、よく出来たオトモダチに写ったのかもしれない。
 しかし現実は違った。確かに雨宮の為に見舞いへ行ったという事実もきちんと存在する。が、何せ自分はあまりマメな性質では無い。自分の落ち度が一つも無ければトキと同じくらいの頻度でしかセンターに足を運ぶ事は無かっただろう。元来、体力が無いのだ。仕事終わりにセンターへ寄る体力は基本的には存在しない。