4話 結芽の夢

13.売り言葉


 もうやらかした事から逃れられない。瞬間的にそう悟ったミソギは、早々に白旗を揚げた。今できる事と言えば、出来るだけこの後のダメージを軽減する事くらいだ。

「トキ……多分驚くだろうから、先に言っておきたい事があるんだけど」
「碌でもない事を言い出しそうな空気だが、良いだろう」
「うっ、分かってる……! そのですね、えぇっと……ちょーっとその、過去に色々あった事に関して……あんまり良くない行いが私の行動の中にあったり、無かったり? 十人に話したら十人全員引くくらいのエピソードがあってですね……」
「要領を得ないな」
「だから、その、つまり……私が最終手段で樋川結芽に恐ろしいエピソードを話しても、あんまり引かないで、欲しい」
「今更何があると言うんだ……。お前のアホさ加減の大抵の事になら慣れた。それで解決するのなら好きにするといい」
「うーん、最終手段かなあ。私もこんな所で罪の告白はしたくない」
「はあ?」

 駄目だ、トキにはニュアンスでこちらの言わんとする事が全く伝わらない。何を言ってんだコイツは、という視線がグッサグサと胸に刺さる。
 いやしかし、これも今までたくさんの人を欺いてきた報いなのかもしれない。結局の所、やらかした事はいずれ自分の元に戻ってくるという事だ。人生の良い教訓になったとでも思っておこう。尤も、大抵の良識ある人物であればこんな馬鹿馬鹿しい間違いは起こさないのだろうが。

 踏ん切りが付かない気持ちを切り替える為に、話題も切り替える。ミソギによる突然の話題変換など慣れたもので、トキはそれ以前の会話の内容については言及してこなかった。

「ところで、支部に籠城するのはいいけれど、本当に結芽さん来るかな? ここに居る事は把握されてるとは思うけど」
「あの女はお前を追っているんだろう。なら現れるはずだ。他でもない、お前の元にな」
「何であんな熱烈な感じで執着されてるのかも謎だわ。一応、理由聞いてみたんだけどね。一個も理解できなかった」
「他人の考えが他人に分かるものか。もし、全ての思考を共有出来るのだとしたら、それは他人では無く自分自身だ」
「極端だけど、そうなのかもしれないね……」

 支部に立てこもってから十数分。まだ樋川結芽は現れない。

 ***

 事態が動いたのは、それから更に数十分経過した後だった。しっかりと自動ドアの『自動』部分を理論的には切ったはずであるにも関わらず、当然のように自動ドアが自動で開いて樋川結芽を迎え入れる。
 少し恐ろしい顔をした彼女は引き攣った笑みを浮かべた。サスペンスドラマの自暴自棄になった殺人犯のような笑み。知らず背筋が伸びる。

「ミソギさん、見つけた。私の夢なんだから、私があなた達を見つけられないと思ったの? それとも、私の方から逃げ出したのだから、もう追ってこないとでも思った?」
「いやまあ、結芽さん行っちゃったし、もう出て来ないんじゃないかなー、とはチラッと考えましたけど」
「そんな訳ないでしょう?」

 ――いやいや、最初に逃げ出したのはそっちだ。
 そうは思ったが刺激しない方が良いと判断し、釈然としない気持ちを呑込んだ。彼女とて、そんなどうでもいい問答をする為に姿を見せたのではないだろう。

 しかし、大人な対応を見せようと誓ったミソギとは違い、トキは相変わらず直球勝負だった。言わずに黙っておいた事をあっさりと口にする。

「まあ、貴様の夢の中なぞ、情報量が少ないから逃げ込める場所も少なかったが。あまりにも破綻した夢の世界だな」
「…………」

 トキの煽り文句に対し、すぅっと樋川結芽の双眸が細くなる。無言になるくらいの怒りを感じているのが分かるが、かといってその程度で彼の口が止まるはずもない。