4話 結芽の夢

12.南雲からの有力情報


 ***

「――ここは……」

 あの謎空間に飛び出したミソギとトキは見慣れた大地を踏みしめていた。考えるまでもなくここがどこなのか分かる。答え合わせをするかのように、トキがその場所の名を口にした。

「センター付近に出たな。あの女、この辺りの地形を全く知らないんだろう」
「そりゃ、ずっとセンター生活を送っていればそうなるかもしれないけど……この、何もかもを超越した感じ、夢って感じがこう、ありありと伝わってくるよね」
「ふん、どうでもいい事だ。行くぞ、センターではなく支部の方に籠城するべきだ」
「籠城って」
「どうせ樋川結芽はお前を追って来る。わざわざアイツの得意としているセンターで待つ必要は無い」
「それもそうか。気休めにしかならなさそうだけど」

 この辺の道は目を瞑っていても歩ける。何せ、職場だ。ほぼ毎日通っている道を間違える事など逆に難しいだろう。
 なのでミソギは長らく見ていなかったアプリの情報を整理する事にした。幸い、ここは夢の中なので車は全く通っていない。事故に遭う確率は極めて低いだろう。

 アプリを開いてすぐに、スマホを確認しておいて良かったと心底そう思った。というのも、南雲が既に識条美代に接触したらしい。幸か不幸か、例の作家とやらはこの地区を彷徨いていたようだ。それが偶然とはとても思えないけれど。
 そしてもう一つ。何故か三舟からメールが届いている。アプリの情報が気になるので、先にそちらを見てしまおう。

「何を熱心に読んでいる」
「南雲から識条美代に会ったっていう報告が上がってるみたいで。アプリを確認してた」
「それで? 何か有力な情報はあったか?」

 トキに生返事をしながら何度か南雲の吹き出しを読む。重要なメッセージだったからか、アプリの『重要』項目貼り付け適用済み。一番上に表示されているメッセージの吹き出しは少しばかり前の時間を表示している。
 そして南雲曰く――これも何故その答えに至ったのか不明だが――識条については相変わらずよく分からなかったが、変なおじさんから樋川結芽の撃退方法を聞いたとの事。
 何でも、ターゲットであるミソギの真実の姿を話し、『夢から覚めさせる』事が重要だそうだ。確かに二重の意味で夢を視ているのは確かだが、そんなんで本当に怪異を攻略出来るのだろうか? そもそも、樋川結芽は怪異ではない。人間だ。生き霊、とでも形容した方がしっくりくる。

 悶々とメッセージの意味を考えながら、続いて三舟のメールを開封する。そこには南雲からのアプリを確認しろとだけ書かれていた。成る程、一瞬で全てを理解した。南雲が書いていた「変なおじさん」とは恐らく三舟の事だ。
 ――それにしても……本当の自分。本当の自分か……。
 アメノミヤ忌憚でのあれこれを話せば、樋川結芽自体はオーバーキル気味に目覚めさせる事が出来るだろう。それと同時に、築き上げたミソギ自身の地位も揺らぐ事にはなるが。

「おい、それで南雲は何だと言っている」
「あ、ああ。ごめんね。それが――」

 アプリを全く読む気のないトキに情報を共有する。彼はそれを聞いてもなお、あまり興味らしいものを示さなかった。

「つまり、お前が如何に頼りない人間であるかを樋川結芽に説明するという事か」
「非常に複雑な気分。まあ確かに? 除霊師にしてはあまりにも私はやかましいかもしれないけれど……あ」
「何だ」
「い、いや。見間違いだった」

 綺麗に整った三舟のメールの文体。まさか続きがあるとは思わず、スマホの画面をスワイプすると言葉に続きがあった。曰く――「君は樋川結芽を絶望させるのにもってこいのネタを持っているな」、との事。余計なお世話だ。

 そうこうしている内に見慣れた支部の建物に到着。いつかの時のように中へ入り、ロビーで適当に寛ぐ。人も何もいないので、通常時の状態とは全く異なる訳だが、内装が支部である事に変わりは無い。不思議と落ち着いた心持ちになれた。
 優雅に足を組むトキに視線を向けながらも、ミソギの思考は三舟のメールの最終通告について頭が一杯だった。

 何とも間が悪い事に、今はトキが随伴している。帰れと適当な事を言っても帰らないだろうし、気の利いた言い訳も思い付かないので相棒を強制起床させる事は難しい。
 ただ、幸運な事が一つ。トキは元来、睡眠を多く必要としないタイプの人間だ。地で「睡眠は4時間あれば十分」だと言ってしまう性格である。なので、今ここにいる時間も最大で4時間とみていい。
 そして、雨宮と十束も夢の中に長居は出来なかった。これは憶測となってしまうが、夢の中で過ごしている時間と外界での時間の流れに差がある。視ている夢が一瞬で終わってしまうように、招かれていない部外者達もそう長くは結芽の夢にはいられない。

「ボンヤリしているな」
「流石に疲れちゃって……。トキ、あとどのくらい寝てられそう?」

 いつも怖がっているから、今回もそうだと勝手に変換したのだろう。ふん、と何故かそっぽを向いて鼻を鳴らしたトキは呟いた。

「睡眠薬を飲んできた。明日の朝まではぐっすりだな」
「……え? トキ、何時くらいに私の病室に来たんだっけ?」
「夕方頃だったと思うが」

 ――用意が周到!!
 何だか張り切っているようである。こんな時にそういう無茶はしなくていい、と心中で絶叫する。本当に間が悪い。